映画マスクは実話か|ロッキー・デニスと映画の違い

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映画『マスク』は実話なのでしょうか?

結論から書くと、1985年の映画『マスク』は、実在した少年ロッキー・デニスと母親ラスティの話をもとにしています。
ただし、1986年のシカゴ・トリビューンの記事は、10〜12年の出来事が1年に縮められていることと、実際にはいた兄が映画に出てこないことを、大きな違いとして挙げています。

映画は1985年のアメリカ映画で、監督はピーター・ボグダノヴィッチ、出演はシェールとエリック・ストルツです。
日本では1985年6月8日に公開されました。
ジム・キャリー主演の1994年の映画『マスク』は、日本語版Wikipediaによるとダークホースコミックスのコミックが原作の、別の作品です。

この記事では、映画の公開直後と翌年の雑誌と新聞の記事を原文でたどり、映画と実際の親子の話が同じところと違うところを整理します。

結論:実在の親子の話がもと。ただし時間の流れと家族の顔ぶれが違う

項目 判定 根拠
ロッキー・デニスは実在したか 実在した(1961〜1978年) People誌 1985年3月18日号、シカゴ・トリビューン 1986年5月11日
出来事の期間 実際は10〜12年、映画は1年 シカゴ・トリビューン
家族の顔ぶれ 実際にいた兄ジョシュアが映画に出てこない シカゴ・トリビューン
ジム・キャリーの『マスク』 別の作品(1994年・コミックが原作) 日本語版Wikipedia

ロッキー・デニスは、1961年に生まれた実在の少年です

1985年3月18日号のPeople誌によると、ロッキー・デニスは1961年12月4日に生まれました。
頭蓋骨幹異形成症(craniodiaphyseal dysplasia)という病気で、顔がふつうの2倍の大きさになっていました。

同じ記事によると、医師たちは母親に、記録にあるわずかな症例からみて、強い圧迫で7歳までに脳がだめになるだろうと告げていました。
1986年5月11日のシカゴ・トリビューンは、この病気はほかに6例しか報告がないほど珍しいと書いています。
それでもロッキーは17歳の少し手前まで生き、高校では成績優秀な生徒だった、と同じ記事は伝えています。
英語版Wikipediaによると、亡くなったのは1978年10月4日です。

People誌の記事には、形成外科医から顔をふつうに近づける手術を勧められたときに、ロッキーが断った話も出てきます。
「顔を変えたら、鏡の中に見えるのは誰になるの?」と母親に尋ねた、とあります(英語から訳出)。

脚本家は、UCLAの研究センターでロッキーを見かけていました

People誌によると、脚本を書いたアンナ・ハミルトン=フェランは、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の遺伝研究のセンターを訪れたときにロッキーを見かけていました。
同じ記事は、映画が母と息子を「ありのままに」描いている、と評しています(英語から訳出)。

母親のラスティが自分の話の権利で受け取ったのは1万5000ドルでした。
People誌によると、そのあとフェランとボグダノヴィッチ監督が、それぞれ1パーセント分を彼女に譲っています。

映画とほぼ同じだったところ

シカゴ・トリビューンの記事は、シェールが演じた母親について、医師の言葉を信じず、息子を病人扱いせず、学校や医師や自分の親とわたり合って、息子にできるだけふつうの暮らしをさせた、とまとめています。
そのうえで、実際もほぼ同じだったと書いています(英語から訳出)。

記事が実際の出来事として書いているのは、たとえば次のような点です。

  • 頭痛を訴える息子を部屋に行かせ、治るまで出てくるなと言っていたこと。この点について、記事は「映画の脚本どおり」と書いています
  • 学校側が、見た目を理由にロッキーを障害のある子のための別の学校に入れようとし、母親が強く抗議したこと

母親本人は記者に、映画はロッキーの話になると思っていたが、自分の話にもなるとは思っていなかった、と語っています。
記事によると、ノースダコタ州の大学で学生に向けて話した講演の録音でも、「シェールは私のありのままをとてもよく演じてくれた」と話しています(英語から訳出)。

映画と違うところ

シカゴ・トリビューンの記事は、大きな違いを2つ挙げています。

  • 映画では1年に縮められている出来事が、実際には10〜12年にわたっていたこと
  • ロッキーには実際には年上の異父兄ジョシュア・メイソンがいたこと

英語版Wikipediaによると、ジョシュアは映画に登場せず、名前も出てきません。

なお、この「ほぼ同じで、大きな違いは2つ」という部分は、記事の中では記者の地の文として書かれています。
英語版Wikipediaはこれを母親が記者に語った言葉として紹介していますが、原文では母親の発言の引用ではありません。

兄のジョシュア本人は、同じ記事の中で、「映画は事実をぎっしり詰めたようなものではなかったが、ロッキーとラスティの特別な関係はとらえていた」と話しています(英語から訳出)。

ほかにも、記事は次のことを書いています。

  • サム・エリオットが演じたガーは、のちに母親の3番目の夫になるバーニーという人物がもとになっている
  • このほか、映画には事実と違う描写もある(映画の結末に触れるので、この記事では中身を省きます)

母親によると、ロッキーはスプリングスティーンが好きでした

People誌の囲み記事によると、母親は「ロッキーはブルース・スプリングスティーンの音楽が大好きだった」と話しています(英語から訳出)。
ボグダノヴィッチ監督はスプリングスティーンの曲を3曲使っていましたが、ユニバーサルと製作者がボブ・シーガーの曲に差し替えました。

記事によると、問題はお金でした。
スプリングスティーン側は曲の使用料として約16万ドルなどを求め、シーガーは5万ドルの定額で引き受けています。
監督は契約違反だとして、製作者とユニバーサルを相手に1000万ドルの損害賠償を求める訴えを起こしています。
母親は、「ロッキーはボブ・シーガーが誰なのかも知らなかった」と話しています(英語から訳出)。

「2200万人に1人」などの数字について

日本語版Wikipediaのストーリーの節には、ロッキーの病気は「2200万人に1人の割合で発症する」とあります。
検索結果には、英語の掲示板の投稿を訳した「約2億2000万人に1人」という文章も出てきます。

一方、当時の記事は割合ではなく、症例の数で書いています。
People誌は「記録にあるわずかな症例」、シカゴ・トリビューンは「ほかに6例しか報告がない」という書き方です。
割合の数字の出どころは、この記事で当たった資料からは確認できませんでした。

観て思ったこと

ここからは資料ではなく、私が1985年の映画を観た印象です。

『マスク』を観て印象に残るのは病気そのものではなく、主人公が周囲の人々と築いていく関係でした。
実話だと知る前から現実の人生を切り取ったような空気があり、観終わったあとには映画の演出よりも実在したロッキー・デニス本人について調べたくなりました。
実話映画としての説得力は、その日常の描き方から生まれているように感じました。

母親と息子の関係には、理想化しすぎていない現実味がありました。
学校生活や友人関係の描写も、特別な感動物語というより日常の延長線上に見えました。
主人公を一方的な被害者として描くだけではない点にも説得力がありました。

よくある質問

映画『マスク』は実話に基づいていますか?

1985年の映画『マスク』は、実在したロッキー・デニスと母親ラスティの話をもとにしています。
ただし当時の新聞は、10〜12年の出来事が1年に縮められていることと、実際にいた兄が出てこないことを、大きな違いとして挙げています。

ジム・キャリーの『マスク』も実話ですか?

いいえ。
1994年のジム・キャリー主演の『マスク』は、日本語版Wikipediaによるとダークホースコミックスのコミックが原作の、別の作品です。
同じ題名なので混同されやすく、日本語版Wikipediaも1985年版の項目の冒頭で注意を促しています。

ロッキー・デニスの病気は何ですか?

頭蓋骨幹異形成症(craniodiaphyseal dysplasia)という、骨の病気です。
1986年のシカゴ・トリビューンは、ほかに6例しか報告がないほど珍しい病気だと書いています。

ロッキー・デニスは何歳まで生きましたか?

1961年12月4日に生まれ、1978年10月4日に亡くなりました。
7歳までもたないと言われていましたが、17歳の少し手前まで生きました。

この記事は、映画『マスク』(1985年・アメリカ・監督 ピーター・ボグダノヴィッチ)について、People誌1985年3月18日号の記事、シカゴ・トリビューン1986年5月11日の記事(どちらもインターネット・アーカイブの保存版)、日本語版・英語版Wikipediaをもとに確認したものです。
英語の発言は原文から訳しました。
作品について私の記憶で書いたのは「観て思ったこと」の節だけで、それ以外の作品の説明は上に挙げた資料の記述によります。
私の記憶の濃さは、筋は追えるが細部は曖昧、という程度です。

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