マルサの女は実話か|伊丹十三の取材と査察官の証言

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映画『マルサの女』は実話なのでしょうか?

結論から書くと、特定の脱税事件を映画にした作品だと示す資料は、この記事で当たった範囲では見つかりません。
ただし、伊丹十三監督は脚本づくりにあたって、査察部の現役とOB、税務署の職員、税理士、そしてパチンコや不動産、金融などの業界の人たちにまで取材しています。
主人公の板倉亮子を演じた宮本信子も、撮影前に税務署へ通っていました。

映画は1987年に公開された伊丹十三監督・脚本の作品で、主演は宮本信子です。

この記事では、伊丹十三記念館の資料と、2008年に財務省の広報誌に載った宮本信子と現役の査察官たちの座談会をもとに、映画のどこに現実の取材が入っているのかを整理します。

結論:特定の事件の映画化とする資料は当たった範囲に見当たらず、取材を積み上げて作られた

項目 判定 根拠
もとになった特定の脱税事件 当たった資料には見当たらない 伊丹十三記念館、財務省の座談会
脚本の材料 査察部・税務署・税理士・業界への取材 伊丹十三記念館
主人公の役づくり 宮本信子が税務署に通い、女性職員に付いて回った 財務省の座談会、伊丹十三記念館の記念館便り
実際の査察との違い 現役の査察官は、入ってみると映画のようではなかったと話している 財務省の座談会

伊丹十三は、脚本づくりにあたって査察部から業界まで取材していました

伊丹十三記念館の作品紹介によると、伊丹監督は脚本を作るにあたって、査察部の現役とOB、税務署の調査官・統括官・署長、税理士から、脱税を摘発した体験談を大量に取材しました。
同時に、パチンコ、ラブホテル、不動産、金融、経済ヤクザにわたる、さまざまな人物にインタビューし、脱税の手口の細部を固めています。

つまり、映画に出てくる脱税の手口の細部は、取材で固めたものです。
ただし記念館の説明は、特定の事件を映画にしたとは書いていません。

2019年のOHTABOOKSTANDの記事(雑誌『ケトル』からの転載)は、伊丹監督が資料集めのために国税局や税務署を回り、査察部の大座談会を開き、当時の国税庁長官にも会ったと書いています。
同じ記事は、国税庁の全面協力のもとで製作が進んだとも書いています。
日本語版Wikipediaも、国税庁が取材に協力し、強制調査の場面ではマルサのOBが監修に加わったと書いています。
同じ段落は、取材をもとにしつつも、劇中の脱税の手口は悪用を防ぐためにあえて時代遅れの手法にした、とも書いています(この段落には出典の注が付いていません)。

作ったきっかけは、自分が払った税金だったとされます

日本語版Wikipediaは、伊丹監督本人が制作の動機について、『お葬式』などのヒットによる収益を税金で大きく持って行かれ、税金や脱税に興味がわいたからだと語っている、と書いています。
OHTABOOKSTANDの記事も、『お葬式』の大ヒットで多額の税金を納めたことをきっかけに、査察官を主人公にした脚本を書くことを決めた、と書いています。

ただし、Wikipediaは伊丹監督の言葉をかぎかっこで引いていますが、その段落に出典の注がありません。
OHTABOOKSTANDの記事は、伊丹監督の発言そのものは引いていません。
伊丹監督自身の著書に『「マルサの女」日記』(文藝春秋、1987年)がありますが、この記事では開いて確かめられていません。
「きっかけは自分の税金」という話は、この2つの資料が同じ方向で伝えている、というところまでです。

なお日本語版Wikipediaによると、当初の題は「特殊関係人」の予定でした。

宮本信子は、撮影前に浅草税務署へ通っていました

2008年8月、財務省の広報誌『ファイナンス』(44巻5号。国立国会図書館の書誌による)に、査察制度60周年を記念した座談会が載りました。
宮本信子と、全国の国税局の査察官14人が参加しています。

この中で宮本信子は、映画に出るまでマルサという所を知らなかったと話しています。
役を演じるにあたって、現場の女性を紹介してほしいと頼み、税務署の女性の上席調査官に、差し支えない範囲で付いて回ったそうです。
税務署の人は数字が並んでいるのを見るだけで分かるのだと、そこで知ったと話しています。

伊丹十三記念館の2009年1月の記念館便りは、1986年に浅草税務署に勤めていた斉藤和子さんが、宮本信子の取材を受けたと伝えています。
宮本信子は撮影の前に2週間、浅草税務署へ通い、机の引き出しの中まで「取材」し、職員と同じ速さで伝票をめくる練習を毎日続けたそうです。

日本語版Wikipediaは、板倉亮子は複数の職員をモデルにしていて、その一人が斉藤和子さんだと書いています。
伊丹監督の『「マルサの女」日記』では「A税務署のSさん」と匿名で書かれている、とも書いています。
記念館便りそのものは「モデル」という言葉を使っておらず、宮本信子が取材した相手として紹介しています。

現役の査察官は、入ってみると映画のようではなかったと話しています

同じ座談会では、映画を観て査察部を選んだ査察官を含め、出席者たちが映画と現実の違いを話しています。

広島国税局の査察官は、税務署に勤めていたころに映画を観て強制調査の場面にひかれ、6年後に希望して査察部に入りました。
ところが、入ってみると映画のようではなく、いかついおじさんばかりの、職人気質の厳しい男の世界だったと話しています。
出席した別の査察官も、実際の現場は地道な調査の繰り返しで、華やかさは感じなかったが、達成感は確かにある、と話しています。

一方で、映画と現実が重なる話も出てきます。
ある査察官は、無申告で利益を隠していた相手を、「映画であったように」張り込みで出入りの業者を調べるなどして、足掛け2年追いかけて立件したと話しています。
映画の公開から20年たっても、調査先の妻が「映画と一緒だ」と思ったらしく、捜索のあと全面的に認めた事件があった、という話も出ています。

司会の国税庁の査察課長は、映画に出てくるパチンコとラブホテルについて、20年前の脱税の典型的な業種だったと話しています。

ゴミを探る場面は、美術部がゴミを集めて撮っていました

座談会で宮本信子は、特に印象に残っている場面として、ゴミを探る場面を挙げています。
どこかのゴミ捨て場に行ったのではなく、撮影場所の近くの土手のような所に、美術部が集めたゴミを積んで撮ったそうです。
主人公がいちばんひどい目に遭うのが映画的だ、というのが伊丹監督の考えだった、と話しています。

「大半は実話」という紹介について

「マルサの女 実話」で検索すると、NTT西日本のBiz Clipに載った税理士の連載が上位に出てきます。
記事は、国税庁の全面協力で映画化され、描かれた場面の大半は実話で構成された、いわばノンフィクション作品だったと書いています。

ただし、この記事は根拠となる資料を示していません。
この記事で当たった資料から言えるのは、次のところまでです。

  • 脱税の手口の細部は、取材で固めている
  • ある台詞は、伊丹監督の知人が査察を受けたときの実話を参考にしたとする記事(OHTABOOKSTAND)がある(どの場面かは映画の結末に触れるので省きます)
  • 特定の事件を映画にしたと示す資料は見当たらない

「大半は実話」と言い切れる資料は、この記事で当たった範囲では見つかりませんでした。
なお国立国会図書館の書誌には、『マルサの女』の脱税犯のモデルとする人物を扱った雑誌記事の題もありますが、この記事では本文を確かめていません。

観て思ったこと

ここからは資料ではなく、私が1987年の1作目を観た印象です。

『マルサの女』は脱税を題材にしていますが、観ていて強く印象に残るのはお金そのものではなく、それを追う人々の仕事ぶりでした。
派手な犯罪映画というより、実際に存在する組織の活動をのぞき見しているような感覚があります。
観終わったあとに気になったのは登場人物のモデルよりも、伊丹十三がどのような取材を行ってこの作品を作り上げたのかという点でした。

査察官たちの地道な調査や証拠集めには、現実の捜査機関らしい説得力がありました。
強制調査の場面は娯楽映画でありながら、取材に基づいているような印象を受けました。
脱税の手口そのものより、隠そうとする側と追う側の駆け引きに実在感がありました。
主人公が特別なヒーローとしてではなく、職業人として描かれている点も印象的でした。

よくある質問

マルサの女は実話ですか?

特定の脱税事件を映画にした作品だと示す資料は、この記事で当たった範囲では見つかりません。
ただし伊丹十三監督は、査察部の現役とOB、税務署の職員、税理士、パチンコや不動産、金融などの業界の人たちに取材し、脱税の手口の細部を固めています。

マルサの女のモデルは誰ですか?

日本語版Wikipediaは、主人公の板倉亮子は複数の職員がモデルで、その一人が浅草税務署に勤めていた斉藤和子さんだと書いています。
伊丹十三記念館の記念館便りは、斉藤和子さんを、宮本信子が撮影前に取材した相手として紹介しています。

マルサとは何ですか?

日本語版Wikipediaによると、マルサは国税局の査察部の通称で、Wikipediaでは「マル査」と表記されています。
同じ項目は、映画を国税局査察部に勤める女性査察官と脱税者との戦いを描いた作品と説明しています。

マルサの女を作ったきっかけは何ですか?

日本語版Wikipediaと2019年のOHTABOOKSTANDの記事は、伊丹十三監督が『お葬式』のヒットで多額の税金を納めたことをきっかけとして挙げています。
ただし、Wikipediaの記述には出典の注がなく、OHTABOOKSTANDの記事は伊丹監督の発言そのものを引いていません。

この記事は、映画『マルサの女』(1987年・日本・監督 伊丹十三)について、伊丹十三記念館の作品紹介と記念館便り(2009年1月30日・インターネット・アーカイブの保存版)、財務省『ファイナンス』2008年8月号の座談会(国立国会図書館デジタルコレクション)、OHTABOOKSTANDの記事(2019年4月8日)、NTT西日本Biz Clipの記事、日本語版Wikipediaをもとに確認したものです。
伊丹十三『「マルサの女」日記』は開いて確かめられていません。
作品について私の記憶で書いたのは「観て思ったこと」の節だけで、それ以外の作品の説明は上に挙げた資料の記述によります。
私の記憶の濃さは、筋は追えるが細部は曖昧、という程度です。

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