
『時をかける少女』の舞台はどこなのでしょうか?
結論から書くと、どの版かによって答えが違います。
2006年の細田守監督のアニメ版は、新宿区の中井商友会のアーチがモデルになり、上野公園にある東京国立博物館が作中に登場することが、公的なページで確かめられます。
1983年の大林宣彦監督の実写版は、広島県の尾道市と竹原市で撮影されました。
原作は筒井康隆さんが1965年に雑誌で連載を始めた小説で、日本語版Wikipediaによると、これまでに9回、映画やテレビドラマになっています。
検索では版を分けずに探す質問も見られるので、この記事では、アニメ版と1983年の実写版を中心に、どこまでが公式・公的な資料で確かめられるのかを分けて整理します。
結論:アニメ版は東京・中井と上野、1983年の実写版は尾道と竹原
| 版 | 場所 | 根拠 |
|---|---|---|
| 2006年アニメ版(商店街のアーチ) | 新宿区・中井商友会のアーチがモデル | 新宿区の公式ページ |
| 2006年アニメ版(博物館) | 東京国立博物館が作中に登場 | 東京国立博物館の公式ページ |
| 2006年アニメ版(踏切・野球場) | 中井駅南口の踏切・哲学堂公園の野球場とされる | ウォーカープラスのPR記事 |
| 1983年実写版 | 広島県尾道市・竹原市などで撮影 | 竹原市観光協会、日本語版Wikipedia |
| 2010年実写版 | 福島県郡山市の開成山公園でロケ | 日本語版Wikipedia |
2006年のアニメ版:商店街のアーチは新宿区の中井がモデル
新宿区の公式ページは、作中の「倉野瀬商友会」のアーチが、中井商友会のアーチをモデルにしたものだと書いています。
2022年9月8日のこのページによると、アーチは平成2年に設置されたもので、映画のモデルになったことからアニメファンの聖地として有名になりました。
ただし、同じページは、このアーチを老朽化のため撤去すると伝えています。
撤去工事は2022年9月14日の夜間(予備日は15日)に予定されていて、商友会の会長は、12日から足場が組まれるので現在の形は11日で見納めになる、と話しています。
この記事では、撤去後の現地の様子までは確かめていません。
日本語版Wikipediaによると、主人公の真琴は東京の下町にある倉野瀬高校の2年生です。
2006年のアニメ版:東京国立博物館が作中に登場します
主人公の叔母・芳山和子は、日本語版Wikipediaによると、東京国立博物館で絵画の修復をしている人物です。
東京国立博物館の公式ページも、主人公のおばが勤めているという設定で、作中にトーハク(東京国立博物館)が登場し、物語の中でも重要な場所だ、と書いています。
同館は2014年10月10日と11日に、この作品を屋外で上映する催し「博物館で野外シネマ」を開いています。
日本語版Wikipediaによると、作中の展覧会は、細田監督の大学時代の同級生で、東京国立博物館で研究員を務める松嶋雅人さんがキュレーションしたものです。
2006年のアニメ版:踏切と野球場はPR記事が場所を挙げています
物語で重要な踏切や、真琴たちが野球をするグラウンドについては、2018年12月20日のウォーカープラスの記事が場所を挙げています。
この記事は末尾に「PR」と書かれた広告記事で、作品の場面写真を載せています。
同じ記事は、真琴たちが野球をするグラウンドを、哲学堂公園にある野球場だとしています。
物語の重要な場面の踏切は中井駅南口の踏切だとしていますが、作中ではかなりの勾配がある坂道として描かれているのに対し、実際はなだらかで平坦な道だ、とも書いています。
ウォーカープラスの記事は、中井駅周辺を「モデルとなった場所として知られている」と紹介していて、製作側がそう明かしたとは書いていません。
国分寺高校について監督が話したのは、制服の話です
検索では、国分寺高校がモデルだという前提で、その場所を尋ねる質問も見られます。
細田監督が国分寺高校について話した記録は、2016年10月29日の映画.comの記事にあります。
第29回東京国際映画祭の上映後の質疑で、監督は、たくさんの高校に見学に行ったと話したうえで、真琴の服装が決まった経緯をこう話しています。
「国分寺高校にポロシャツを着た高校生の女の子がいて、階段の踊り場ですれ違ったんです」。
その子のポロシャツが魅力的だったので、真琴の制服にした、という話です。
監督がこの場で話しているのは、制服の着想です。
国分寺高校が校舎や学校のモデルだとは、この記事の中で監督は言っていません。
1983年の実写版:尾道と竹原で撮影されました
原田知世さん主演の1983年版は、大林宣彦監督の「尾道三部作」の1本として知られています。
竹原市観光協会のページは、尾道市がロケ地として知られる一方で、この作品は竹原市でも多くの撮影が行われた、と書いています。
同じページによると、映画冒頭のタイトルバックには竹原の町並み保存地区の場面が多く使われています。
作中で出演者たちが高校へ向かう通学路は、町並みを北へ行き、突き当たりの胡堂を左に向かう道だと紹介しています。
また、原作では「朝倉吾郎」だった役名が、大林監督が西方寺の下にある堀川邸を気に入って吾郎の実家にしたことで「堀川」に変わったそうだ、と伝えています。
日本語版Wikipediaはロケ地として、尾道市の艮神社や尾道市立長江小学校、竹原市の胡堂や西方寺、福山市の福山大学、新潟県の上越国際スキー場などを挙げています。
2010年の実写版:福島県郡山市の開成山公園でロケ
仲里依紗さん主演の2010年版は、原作の4度目の映画化です。
日本語版Wikipediaは、福島県郡山市の開成山公園の桜並木でロケが行われたと、写真の説明に書いています。
観て思ったこと
この節は資料ではなく、私が2006年のアニメ版を観て思ったことです。
『時をかける少女』で印象に残るのは、時間移動という非日常的な題材よりも、むしろ町や学校の風景の身近さでした。
だからこそ物語の出来事にも現実感が生まれ、まるで自分たちの日常のすぐ隣で起きている出来事のように感じられます。
観終わったあとに思い出すのも派手な場面より、坂道や踏切を含めたあの町全体の空気でした。
中でも印象に残っているのは、学校とその周辺の風景です。
坂道や住宅街の風景には実際の町の生活感があり、架空の世界というより、東京近郊のどこかに実在しそうな町に見えました。
特別な観光地ではなく、誰もが通学や買い物で歩いていそうな日常の風景が、物語とよく合っていました。
よくある質問
『時をかける少女』の踏切はどこですか?
2006年のアニメ版の踏切について、ウォーカープラスのPR記事は、中井駅南口の踏切だとしています。
作中のような急な坂道ではなく、実際はなだらかな道だそうです。
国分寺高校はモデルですか?
細田監督が国分寺高校について話したのは、そこで見かけた女子高生のポロシャツを真琴の制服にした、という制服の着想です。
学校のモデルだと話した記録は、この記事で当たった範囲では見つかっていません。
ロケ地は竹原ですか?
1983年の実写版は、尾道市とともに竹原市でも多くの撮影が行われました。
竹原市観光協会のページがそう書いています。
中井のアーチは今も見られますか?
新宿区の公式ページによると、モデルになった中井商友会のアーチは、老朽化のため2022年9月14日の夜間に撤去される予定でした。
商友会の会長は、現在の形は2022年9月11日で見納めになると話しています。
この記事では、撤去後の現地の様子までは確かめていません。
この記事は、『時をかける少女』の2006年のアニメ版、1983年と2010年の実写版の舞台とロケ地について、新宿区と東京国立博物館の公式ページ、竹原市観光協会のページ、ウォーカープラスのPR記事、映画.comの記事、日本語版Wikipediaの記述をもとに確認したものです。
細田監督の言葉は、映画.comの記事に載った発言から引いています。
作品について私の記憶で書いたのは「観て思ったこと」の節だけで、それ以外の説明は上に挙げた資料の記述によります。
私が体験を書いたのは2006年のアニメ版で、その記憶の濃さは、筋と主な場面を順に追える程度です。
原作の小説の町がどこなのかは、確認した資料には書かれていませんでした。

