NEW! ムービー(邦画) 二百三高地は実話か|史実と映画オリジナルの人物 2026年10月19日 映画『二百三高地』は実話なのでしょうか? 結論から書くと、描かれている日露戦争の旅順攻囲戦と203高地の戦いは、実際にあった出来事です。 ただし、物語の中心にいる小学校教師の小賀武志と、その部下4人は、映画のために作られた人物です。 映画は1980年8月2日に公開された東映の作品で、監督は舛田利雄、脚本は笠原和夫です。...
ムービー(邦画) マルサの女は実話か|伊丹十三の取材と査察官の証言 2026年10月18日 映画『マルサの女』は実話なのでしょうか? 結論から書くと、特定の脱税事件を映画にした作品だと示す資料は、この記事で当たった範囲では見つかりません。 ただし、伊丹十三監督は脚本づくりにあたって、査察部の現役とOB、税務署の職員、税理士、そしてパチンコや不動産、金融などの業界の人たちにまで取材しています。 主人公の板倉亮子...
ムービー(洋画) 映画マスクは実話か|ロッキー・デニスと映画の違い 2026年10月17日 映画『マスク』は実話なのでしょうか? 結論から書くと、1985年の映画『マスク』は、実在した少年ロッキー・デニスと母親ラスティの話をもとにしています。 ただし、1986年のシカゴ・トリビューンの記事は、10〜12年の出来事が1年に縮められていることと、実際にはいた兄が映画に出てこないことを、大きな違いとして挙げています...
ムービー(洋画) アウトブレイクは実話か|出発点は1989年のサルのウイルス 2026年10月16日 映画『アウトブレイク』は実話なのでしょうか? 結論から書くと、映画の物語とモターバ・ウイルスは作り話です。 ただし、出発点には実際の出来事があります。 プロデューサーのアーノルド・コペルソンは、1989年にアメリカで輸入されたサルからエボラウイルスに近いウイルスが見つかった件を描いた、1992年10月の雑誌記事を読み、...
アニメ おおかみこどもの雨と雪の舞台はどこ|花の家は富山県上市町 2026年10月8日 『おおかみこどもの雨と雪』の舞台はどこなのでしょうか? 結論から書くと、花たちが暮らす田舎の家のモデルは、富山県上市町にある古民家です。 富山県の公式観光サイトと上市町観光協会、家を公開している「おおかみこどもの花の家」のサイトが、そろってこの古民家を作品の舞台のモデルとして紹介しています。 物語の前半の東京については...
アニメ 時をかける少女の舞台はどこ|アニメは中井、83年版は尾道と竹原 2026年10月7日 『時をかける少女』の舞台はどこなのでしょうか? 結論から書くと、どの版かによって答えが違います。 2006年の細田守監督のアニメ版は、新宿区の中井商友会のアーチがモデルになり、上野公園にある東京国立博物館が作中に登場することが、公的なページで確かめられます。 1983年の大林宣彦監督の実写版は、広島県の尾道市と竹原市で...
アニメ おジャ魔女どれみの名前の由来|最初は『おジャ魔女おんぷ』だった 2026年10月6日 『おジャ魔女どれみ』の「どれみ」という名前は、どこから来たのでしょうか? 結論から書くと、「どれみ」は音階の「ドレミ」から来ています。 プロデューサーの関弘美さんは、放送開始25周年のインタビューで、題名の「どれみ」は音楽の基本中の基本である音階だと話しています。 さらに関さんは、企画は当初『おジャ魔女おんぷ』という題...
アニメ ヘタリアの名前の由来|「へたれなイタリア」と人名の出どころ 2026年10月5日 『ヘタリア』という題名は、どこから来たのでしょうか? 結論から書くと、日本語版Wikipediaは、「ヘタリア」を「へたれなイタリア」の意味のネット上の造語だとしています。 同じ項目によると、この言葉は2ちゃんねるの軍事板で、第二次世界大戦のイタリア軍の弱さを評して使われたのが始まりです。 ただし、作者の日丸屋秀和さん...
ムービー(洋画) マレーナは実話か|原案は脚本家ヴィンチェンツォーニの短編 2026年10月4日 映画『マレーナ』は実話なのでしょうか? 結論から書くと、マレーナが実在した特定の女性だと説明した資料は、この記事で当たった範囲(末尾に一覧)では見つかりません。 原案は、脚本家ルチアーノ・ヴィンチェンツォーニが書いた短編です。 監督のジュゼッペ・トルナトーレは、The Washington Timesの2001年1月1...
ムービー(洋画) バーレスクは実話か|監督と主演アギレラが語った実体験 2026年10月3日 映画『バーレスク』は実話なのでしょうか? 結論から書くと、特定の実在の人物や出来事を描いた映画だと説明した資料は、この記事で当たった範囲(末尾に一覧)では見つかりません。 ただし、監督のスティーヴン・アンティンは、2010年の来日記者会見で「バーレスクの世界で働いていた経験を生かし、作品を作ろうとした」と話しています。...