
映画『悪魔の棲む家』は実話なのでしょうか?
結論から書くと、物語の前提になった一家6人の殺害事件は、実際に起きた事件です。
事件の1年後にその家へ引っ越してきた一家が、28日で出て行ったことも事実です。
一方、その一家が家の中で怪奇現象に襲われたという話は、真偽をめぐって論争と訴訟が起きています。
話の成り立ちに関わった弁護士自身が、のちに作り話だと認める発言をしたと伝えられています。
この記事では、事件から映画化までの経緯を、日付の順に並べて仕分けます。
事実の部分は、主に英語版Wikipediaの「The Amityville Horror」(1977年の本の項目)の記述をもとにし、一部を日本語版WikipediaとABC Scienceの記事で補っています。
この項目は、当時の新聞や登記記録などを出典に挙げています。
結論:殺害事件と引っ越しは事実、怪奇現象は真偽に論争がある
| 項目 | 判定 | 根拠 |
|---|---|---|
| 一家6人の殺害事件 | 事実 | 1974年11月13日。犯人は有罪 |
| ラッツ一家の入居と退去 | 事実 | 1975年12月に入居、28日で退去 |
| 家で起きた怪奇現象 | 一家は本当だと主張。関係者に否定の証言がある | 弁護士の発言、次の住人の証言 |
| 2005年版に出てくる少女ジョディ | 架空の人物 | 事件の被害者には含まれない |
1974年:一家6人の殺害事件は実際に起きました
舞台になった家は、ニューヨーク州ロングアイランドの南岸、アミティヴィルの住宅地にあります。
住所はオーシャン・アベニュー112番地です。
英語版Wikipediaは、ニューヨーク・タイムズの1974年11月15日の記事を出典に、次のように書いています。
1974年11月13日、23歳のロナルド・デフェオ・ジュニアが、この家で家族6人を銃で殺害しました。
有罪判決については、同じ紙の1975年11月22日の記事を出典にしています。
7週間の裁判のあと、1975年11月に第2級殺人で有罪となり、25年から終身の刑を6つ言い渡されました。
デフェオは2021年3月に服役中に亡くなった、とも書いています。
殺害事件と有罪判決には、当時の新聞という出典があります。
1975〜76年:次の一家は28日で出て行きました
事件から約1年後、この家に越してきたのがラッツ一家です。
映画の主人公になった家族です。
英語版Wikipediaによると、ジョージとキャシーのラッツ夫妻は、3人の子どもと犬を連れて1975年12月に入居しました。
英語版Wikipediaは、サフォーク郡の登記記録を出典に、夫妻がデフェオ家の遺産からこの家を買ったのは1975年12月23日だと書いています。
入居の日は、原作の本の序章と第1章で12月23日と12月18日に分かれている、とも書いています。
デフェオ家の家具の多くは家に残されたまま、400ドルで取引に含まれていた、と英語版Wikipediaは本の第1章を出典に書いています。
英語版Wikipediaによると、一家は28日で家を出ました。
退去の日は1976年1月14日で、持ち物を置いたまま家を離れています。
翌日、荷物を運び出しに来た引っ越し業者は、家の中で怪奇現象には何も遭わなかったと話した、と英語版Wikipediaは書いています。
入居と退去そのものは事実です。
問題は、なぜ出て行ったのかです。
1976年2月:最初の報道には、別の理由も出ていました
英語版Wikipediaによると、この出来事を最初に報じたのは、地元紙ニューズデイの1976年2月14日の記事でした。
英語版Wikipediaは、この記事の内容を次のようにまとめています。
ラッツ一家の友人の何人かは、一家が奇妙な現象に遭って出て行ったと認めた。
一方で別の友人は、家の暖房が壊れ、修理する費用が払えなかったから出て行ったと話した。
その2日後の1976年2月16日、ラッツ夫妻は記者会見の場で、初めて家での体験を公に語りました。
場所は、数か月前の裁判でデフェオの弁護を担当した法律事務所でした。
デフェオの弁護士ウィリアム・ウェバーはこの場で、ラッツ夫妻の話がデフェオの裁判のやり直しにつながる証拠になりうる、と述べています。
これも、英語版Wikipediaが1976年2月16日のニューズデイの記事を出典に書いている内容です。
ラッツ夫妻が初めて公の場で体験を語った場所は、殺人犯の弁護士の事務所だった、ということになります。
1977年:本が出て、映画の原作になりました
1977年9月、ジェイ・アンソンの本『The Amityville Horror』が出ました。
英語版Wikipediaによると、ラッツ夫妻はアンソンと直接は仕事をしておらず、約45時間分の録音テープで体験を語り、それが本の土台になりました。
この本をもとに、1979年に映画『悪魔の棲む家』が作られ、日本では1980年3月29日に公開されました。
ラッツ夫妻を演じたのはジェームズ・ブローリンとマーゴット・キダーで、家を清める神父は映画では名前が変えられ、ロッド・スタイガーが演じました。
1979年:弁護士は「作り話だ」と言ったと伝えられています
関係者のあいだでは、本が出る前から訴えが起きていました。
そして、話の出発点にいた弁護士ウェバーが、作り話だったと認める発言をしたと伝えられています。
英語版Wikipediaによると、ラッツ夫妻は本が出る前の1977年5月、ウェバーらを相手に訴えを起こしました。
名前の無断使用やプライバシーの侵害を理由にしたもので、1979年9月に退けられています。
担当した判事は、弁護士が作家の代理人のようになることには重大な倫理上の問題がある、と懸念を示しました。
ウェバーの発言として伝わっているのが、次の言葉です。
「この本がでっち上げだということは分かっている。私たちは何本ものワインを飲みながら、このホラー話を作り上げた」(英語から訳出)。
ただし、この言葉がどこで語られたかは、資料によって書き方が違います。
英語版Wikipediaは、ウェバーがピープル誌1979年9月17日号にこう書いた、としています。
オーストラリアの公共放送ABCの科学記事(2011年)は、ウェバーが宣誓証言で認めたとし、AP通信に語った言葉も載せています。
そのAP通信への言葉には、でっち上げだと分かっている、という前半がなく、ワインを飲んでいたのはジョージ・ラッツだという形になっています。
ピープル誌の文、AP通信への発言、宣誓証言のどれも、原文はこの記事では開けていません。
なお、英語版Wikipediaのこの段落が出典に挙げているのは、現在は閉鎖されているファンサイトです。
また、ウェバー自身がこの件で利害を持っていたことも書いておきます。
英語版Wikipediaは、ウェバーが本の契約をめぐってラッツ夫妻を相手に200万ドルの訴えを起こした、と書いています。
ジョージ・ラッツは「ほぼ本当」と主張し続けました
英語版Wikipediaによると、ジョージ・ラッツは、本に書かれた出来事は「mostly true(ほぼ本当)」だと言い続けました。
1979年6月には、夫妻が家での体験についてうそ発見器の検査を受け、ライスという人物の見方では、うそを示す結果は出なかった、と英語版Wikipediaは書いています。
ただし、懐疑派からは、うそ発見器の検査は当てにならないことで知られている、という指摘が出ています。
一方、1977年3月にこの家を買って10年間住んだクロマティ夫妻は、本に書かれたドアや鍵や窓の壊れた跡を否定しました。
英語版Wikipediaは、2010年のニューズデイの記事などを出典に、夫のジェームズ・クロマティの次の言葉を載せています。
「本と映画のせいで人がやって来ること以外、奇妙なことは何も起きなかった」(英語から訳出)。
2005年版には、架空の人物もいます
2005年にはリメイク版が作られました。
日本語版Wikipediaでも、同じ『悪魔の棲む家』の題で項目が立っています。
英語版Wikipediaは、この版に出てくる少女ジョディ・デフェオは架空の人物で、1974年の事件の被害者には含まれていない、と書いています。
また、実際の家は隣家から15メートルほどしか離れていない住宅地の家ですが、この版は人里離れた一軒家のように描いている、とも書いています。
同じく英語版Wikipediaによると、ジョージ・ラッツはこの2005年版を「drivel(たわごと)」と呼び、製作側を名誉毀損などで訴えました。
名誉毀損の訴えは、2005年11月にロサンゼルスの裁判所で退けられています。
観て思ったこと
ここからは資料ではなく、私が1979年版を観た印象です。
私の記憶では、1979年版は実話をもとにした恐怖体験として強く打ち出されていて、本編の冒頭や宣伝でも、実際に起きた出来事を基にしているという前提が観客に伝わる作りでした。
ただし、字幕の正確な文言までは覚えていません。
『悪魔の棲む家』を初めて知ったときは、幽霊屋敷を題材にしたホラー映画だと思っていました。
しかし実話を基にしていると聞くと、恐怖の質が少し変わってきます。
映画を観たあとに気になったのは超常現象そのものではなく、どこまでが実際の事件で、どこからが後に付け加えられた物語なのかという点でした。
この作品は、怖さと同時に事実関係を調べたくなる珍しいホラー映画だと思います。
よくある質問
悪魔の棲む家は実話ですか?
一家6人の殺害事件と、次に越してきたラッツ一家が28日で出て行ったことは実話です。
一方、家で怪奇現象が起きたという話は、ラッツ一家は本当だと主張しましたが、話の成り立ちに関わった弁護士が作り話だと認める発言をしたと伝えられており、次の住人も何も起きなかったと話しています。
悪魔の棲む家の犯人は誰ですか?
1974年の殺害事件の犯人は、一家の息子のロナルド・デフェオ・ジュニアです。
1975年に有罪となり、2021年に服役中に亡くなりました。
悪魔の棲む家はどこにあるのですか?
ニューヨーク州ロングアイランドのアミティヴィル、オーシャン・アベニュー112番地にあります。
住宅地の中の家です。
悪魔の棲む家の原作は何ですか?
1977年に出たジェイ・アンソンの本『The Amityville Horror』です。
ラッツ夫妻が録音テープで語った体験をもとに書かれています。
この記事は、映画『悪魔の棲む家』(1979年・アメリカ)とそのリメイク版(2005年)の前提になった出来事を、英語版Wikipediaの記述と、それが出典に挙げる新聞や記録の名前をもとに、ABC Scienceの記事で補って確認したものです。
ニューヨーク・タイムズ、ニューズデイ、ピープル誌、AP通信の原文と、登記記録、原作の本、判事の判決文、宣誓証言の記録そのものは確認できていません。
英語の引用は、英語版WikipediaとABC Scienceの記事に載った文から訳しました。
作品について私の記憶で書いたのは「観て思ったこと」の節だけで、それ以外の作品の説明は英語版と日本語版のWikipediaの記述によります。
私の記憶の濃さは、筋は追えるが細部は曖昧、という程度です。

