マレーナは実話か|原案は脚本家ヴィンチェンツォーニの短編

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映画『マレーナ』は実話なのでしょうか?

結論から書くと、マレーナが実在した特定の女性だと説明した資料は、この記事で当たった範囲(末尾に一覧)では見つかりません。
原案は、脚本家ルチアーノ・ヴィンチェンツォーニが書いた短編です。
監督のジュゼッペ・トルナトーレは、The Washington Timesの2001年1月13日の記事で、映画の中の戦時中の小道具の1つは自分の祖父がしていたことだと話しています。

『マレーナ』は2000年のイタリア映画で、監督・脚本はジュゼッペ・トルナトーレ、出演はモニカ・ベルッチとジュゼッペ・スルファーロです。
日本では2001年6月9日に公開されました。

この記事では、原案と監督の言葉がどこに載ったのかをたどり、物語の舞台と撮影地についても整理します。

結論:実在の女性と説明した資料は見つからないが、細部の1つに監督の祖父の経験が入っている

項目 判定 根拠
マレーナのモデルになった実在の女性 説明した資料は見つからない この記事で当たった資料
原案 ヴィンチェンツォーニの短編 日本語版・英語版Wikipedia、監督の取材記事
戦時中の小道具 1つは監督の祖父がしていたこと The Washington Times 2001年1月13日
町「カステルクト」 架空の町 イタリア語版Wikipedia
撮影地 ノート、シラクーサなど イタリア語版Wikipedia

原案は、脚本家ヴィンチェンツォーニの短編です

日本語版Wikipediaは、この映画の原案をルチアーノ・ヴィンチェンツォーニとしています。
日本語版Wikipediaによると、ヴィンチェンツォーニは1926年にイタリアのヴェネト州トレヴィーゾ県で生まれた脚本家で、セルジオ・レオーネ監督の『夕陽のガンマン』(1965年)や『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』(1966年)の脚本を手がけています。

The Washington Timesの2001年1月13日の記事で、トルナトーレ監督はこう話しています。
「その1人が脚本家のルチアーノ・ヴィンチェンツォーニで、彼が短編の中でマレーナという人物を作り出した。私は何年も前から、それを映画にしたいと思っていた」(英語から訳出)。
記事の冒頭の地の文によると、監督は第二次世界大戦中とその直後のシチリアの女性の姿にずっと惹かれてきたと話しています。
「その1人」は、そうした女性たちがシチリアの歴史で果たした大きな役割を認めた、何人かの書き手のうちの1人、という意味です。

ただし、別の取材では言い方が少し違います。
One Guy's Opinionの記事(2000年12月21日)では、読んだ当初は、映画にしようと思うほどには気に入らなかったと話しています。
Combustible Celluloidの記事(2000年12月22日)では、映画にしようと思ったことはなく、単純すぎる話に思えた、と話しています。
どちらの取材でも、モニカ・ベルッチと出会ってこの話を思い出したことが、映画にするきっかけだったと話しています。

la Repubblicaの2000年10月27日の批評(イレーネ・ビニャルディ)は、この物語がヴィンチェンツォーニの「思い出の物語」から生まれた、と書いています。
ただし、それが誰の、どこでの思い出なのかは、この批評には書かれていません。
ヴィンチェンツォーニ本人がもとになった人物について語った原文も、この記事で当たった範囲では見つかりませんでした。

シチリアの町「カステルクト」は架空の町です

英語版Wikipediaによると、物語は1940年6月10日、シチリアの小さな町カステルクトで始まります。
イタリア語版Wikipediaは、カステルクトを「シチリアの架空の町」と書いています。

One Guy's Opinionの記事は、トルナトーレ監督が物語の舞台を自分の故郷シチリアに移した、と書いています。
移す前の舞台がどこだったのかは、この記事には書かれていません。
同じ記事で監督は、シチリアが舞台の映画なら人々の習慣や風習を知っているので、何でもやりやすくなる、と話しています。

イタリア語版Wikipediaによると、撮影は1999年に、ノート、シラクーサ、カターニア、レアルモンテ、ポッジョレアーレ、エル・ジャディーダで行われました。
先のla Repubblicaの批評は、映画の町を、4分の3がシラクーサ、4分の1がノートでできた町だと書いています。

少なくとも1つの細部には、監督の祖父の経験が入っています

The Washington Timesの記事によると、トルナトーレ監督は1956年にパレルモに近い町バゲリーアで生まれており、戦争を直接は知りません。
それでも監督は、両親や祖父母、親戚、近所の人から戦争の話をたくさん聞いて育った、と話しています。

同じ記事は、映画の中に、灯火管制の中で使われたアイロンを使った明かりが出てくる、と書いています。
監督はこれについて、「祖父がこれをやっていた」(英語から訳出)と話しています。
監督の説明では、アイロンの中に炭を入れ、穴から下に漏れる光で足もとを照らすもので、飛行機からは見つからない明かりだったそうです。

マレーナという人物は短編から生まれたものですが、少なくともアイロンの明かりという細部には、監督の祖父の経験が入っています。

架空の人物に、多くの女性の姿を重ねる見方

ComingSoon.itの2026年7月6日の記事は、マレーナは実在した女性の伝記ではなく、ヴィンチェンツォーニの短編から生まれたと書いています。
同じ記事は、マレーナを架空の人物としたうえで、夫や兄弟、息子が戦地に行って1人残され、見た目や自立を理由に裁かれた女性たちの象徴だ、と見ています。
これは記事の書き手の見方で、出典は示されていません。

観て思ったこと

ここからは資料ではなく、私がこの映画を観た印象です。

『マレーナ』を観ていると、特定の女性の人生を描いた物語でありながら、同時に戦時下の社会そのものを見ているような感覚になります。
印象に残るのは劇的な出来事よりも、一人の人間に向けられる周囲の視線の変化です。
観終わったあとに気になったのは、マレーナのモデルの有無というより、戦争の時代に実際の人々がどのような偏見や噂の中で暮らしていたのかという部分でした。

戦時下の小さな町の閉鎖的な空気には、強い現実味がありました。
戦争によって人々の態度や生活が変化していく描写にも、歴史劇としての説得力がありました。
少年レナートの憧れや好奇心は、特別な物語というより、誰かの回想録のような雰囲気があります。

舞台のシチリアの町は、実在の町に見えました。
広場や石造りの街並み、人々が集まる通りの風景に生活感があり、映画のために作られた架空の町という印象はあまり受けませんでした。
観光地としての美しさよりも、その土地で人々が暮らしている空気が強く感じられる舞台でした。

よくある質問

映画『マレーナ』は実話ですか?

マレーナが実在した特定の女性だと説明した資料は、この記事で当たった範囲では見つかりません。
原案は脚本家ルチアーノ・ヴィンチェンツォーニの短編です。

マレーナのモデルは誰ですか?

モデルになった人物を明かした資料は、この記事で当たった範囲では見つかっていません。
la Repubblicaの批評は物語がヴィンチェンツォーニの「思い出の物語」から生まれたと書いていますが、誰の思い出なのかは書いていません。

映画『マレーナ』の舞台とロケ地はどこですか?

物語の舞台は、第二次世界大戦中のシチリアの架空の町カステルクトです。
イタリア語版Wikipediaによると、撮影はノートやシラクーサなどで行われました。

映画『マレーナ』の上映時間は?

日本語版Wikipediaによると、イタリア版は108分、アメリカ版と日本版は92分です。

この記事は、映画『マレーナ』(2000年・イタリア・監督 ジュゼッペ・トルナトーレ)について、The Washington Times、One Guy's Opinion、Combustible Celluloidに載った監督の取材記事、la Repubblicaの批評(cinematografo.itの転載)、ComingSoon.itの記事、日本語版・英語版・イタリア語版Wikipediaの記述をもとに確認したものです。
英語の引用は、取材記事の原文から訳しました。監督の英語の発言は、通訳を介した取材のものです。
作品について私の記憶で書いたのは「観て思ったこと」の節だけで、それ以外の作品の説明は上に挙げた資料の記述によります。
私の記憶の濃さは、筋は追えるが細部は曖昧、という程度です。
ComingSoon.itは原案を同名の短編と書いていますが出典は示されておらず、短編の発表年と元の舞台は確認できていません。

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