悪魔を見たは実話か|脚本家が語った着想はネットのコメント

※この記事にはプロモーションが含まれています。

韓国映画『悪魔を見た』は実話なのでしょうか?

結論から書くと、実在の事件や人物をモデルにした、と作り手が語った資料は見つかりませんでした。
韓国語・英語・日本語の取材記事を当たった結果です。

脚本家のパク・フンジョン本人は、着想の出どころを、連続殺人犯の検挙を扱ったニュースに付いたネットのコメントだと語っています。

ただし、現実と無関係、とも言えません。
監督のキム・ジウンは韓国の連続殺人犯を調べたと話し、犯人の職業の設定について、実在の事件に触れて説明しています。

婚約者を殺された男が連続殺人犯に復讐する物語で、日本ではR18+の区分で公開されました。
映倫が「極めて刺激の強い」と書く描写のある作品で、実話なのかを確かめようと検索する人がいます。

この記事では、脚本家・監督・主演俳優の発言を出典まで戻して整理します。
あわせて、「韓国で上映禁止になった」という話が正確かどうかも、韓国の審査機関の記録で確かめます。

結論:モデルの事件を語った資料は見つかりません。確認できたのは現実の断片です

論点 判定 根拠
モデルになった事件・人物 作り手の発言は見つからない 脚本家・監督・主演俳優・製作側の取材記事(韓国語・英語・日本語)
物語の着想 ニュースに付いたネットのコメント 脚本家パク・フンジョン(テンアジア 2015年12月)
犯人の職業の設定 監督が実在の事件に触れて説明 監督キム・ジウン(シネマトゥデイ 2011年3月)。事件名は挙げていません
連続殺人犯ユ・ヨンチョルとの関係 この取材では、比較として名前を出している 監督(京郷新聞 2010年8月)
連続殺人犯カン・ホスンがモデル 作り手の発言は見つからない 名前を出したのは公開時の映画評を書いた記者(毎日経済 2010年8月)
韓国で上映禁止になった 正確ではない 「制限上映可」の判定が2回。再編集して3回目で公開(映像物等級委員会の記録と当時の報道)
日本での区分と上映時間 R18+・2時間24分 映倫の審査記録(審査日 2010年11月24日)

順番に見ていきます。

脚本家が語った着想は、ニュースに付いたネットのコメント

この映画の脚本を書いたのは、キム・ジウン監督ではありません。
のちに『新しき世界』を監督するパク・フンジョンの脚本で、キム・ジウンが監督に決まる前に書き上がっていました。

パク・フンジョンは2015年、韓国の芸能メディア「テンアジア」の取材で、『悪魔を見た』は何に影響を受けて生まれたのかと聞かれ、こう答えています。

『悪魔を見た』はネットのコメントから着想を得たケースだ。連続殺人犯の検挙を扱ったニュース。その関連記事のコメント欄を見ると、その文章こそ青少年観覧不可だ。本当に残忍だから。ところが人々はそのコメントを見て痛快がる。(中略)そのとき思った。「それなら一度、目で直接見てみるか?」と。
パク・フンジョン/テンアジア 2015年12月30日(原文韓国語から訳出)

原文の書き出しは「‘악마를 보았다’는 인터넷 댓글에서 영감을 얻은 경우다.」です。

続けて彼は、主人公が犯人に加える行為はネットのコメントに出てくるものだ、と説明しています。
例に挙げたのは「ああいう奴はアキレス腱を切って」という趣旨のコメントで、「それを脚本にそのまま具現した」と話しました。

つまり、脚本家が着想を得たと語っているのは、事件そのものではありません。
事件のニュースに付いた、読者たちの残酷な言葉のほうです。
この取材で彼は、どの事件のニュースだったのかは語っていません。

書かれたのは2008年ごろ

パク・フンジョンは2011年、韓国の映画誌「シネ21」の取材で、執筆の時期と経緯も話しています。

『悪魔を見た』と、同じく彼が脚本を書いた『生き残るための3つの取引』(原題の直訳は『不当取引』)は、2008年ごろに書いたものだと話しています。
『悪魔を見た』は、『不当取引』に出てくる連続殺人犯の話だけを切り離して作った、とも説明しています。

このインタビューには、比べておきたい箇所があります。
『不当取引』について彼は、一山(イルサン)で小学生の拉致事件があり、その捜査の過程をニュースで見て面白いと思った、と実在の事件に触れています。
彼が面白いと言っているのは、捜査の過程です。
一方、このインタビューで『悪魔を見た』については、事件の名前を一つも挙げていません。

『不当取引』では、書いたきっかけを聞かれて実在の事件を挙げています。
『悪魔を見た』でも書いた背景を聞かれていますが、答えは『不当取引』から切り離したという話で、事件名は出ていません。
どちらも、書くことになったいきさつを尋ねる質問です。
その答えがこう分かれているので、特定の事件をなぞった脚本だと読める材料はこの取材にはない、と私は判断しています。

監督が語った「現実」:連続殺人犯の調査とバスの運転手

脚本を受け取った監督のキム・ジウンは、この映画のために実在の連続殺人犯を調べた、と話しています。
犯人ギョンチョルの職業について、監督はその調査で知った事件に触れています。

シネマトゥデイの記事は、ギョンチョルの職業を「昼間学校の生徒を乗せたバス・ドライバーという設定」と紹介しました。
この2011年3月の記事で、監督はこう話しています。

これは、この映画のために韓国の連続殺人犯のリサーチをしていたさいに、ある事件の犯人がバスのドライバーだった事件があって、おそらく彼の夜の行動と対比させるのには興味深い職業だと思ったんだ。
キム・ジウン/シネマトゥデイ 2011年3月1日(取材・文:細木信宏)

監督はこの記事でも、事件の名前や犯人の名前を出していません。
語っているのは、調べた事件の犯人がバスの運転手で、その職業を興味深いと思った、ということまでです。
物語が実話に基づく、とは言っていません。
この職業が元の脚本にあったのか、監督が足したのかは、資料からは分かりません。

「韓国社会で起きていることを土台に作った」

韓国公開から5日後に載った京郷新聞の記事で、監督は、女性の観客の嫌悪感が大きそうだと聞かれ、こう答えています。

女性を狙う連続殺人鬼が出るのだから、心理的にそうだろう。韓国社会で起きていることを土台に作った。否定したくても否定できない現実だ。(後略)
キム・ジウン/京郷新聞 2010年8月17日(原文韓国語から訳出)

原文は「한국 사회에 일어나고 있는 일을 토대로 만들었다.」です。
監督はここで、特定の事件の名前を挙げていません。
直前の言葉からは、女性を狙う連続殺人が現実に起きている状況を指している、と読めます。

ユ・ヨンチョルの名前は「比較」として出てくる

同じ京郷新聞の記事で、監督は実在の連続殺人犯ユ・ヨンチョルの名前を出しています。

記事によれば、監督は「ユ・ヨンチョルのような韓国の連続殺人鬼が見せた行状に比べれば、ギョンチョルはおとなしい子だ」と語り、この映画を猟奇的だと言うなら世の中を知らない話だ、と付け加えました。

これは、現実の犯行のほうが映画よりひどい、という比較です。
ユ・ヨンチョルをモデルにした、という発言ではありません。

主演のチェ・ミンシクにも似た話があります。
ソウル新聞は2010年8月17日の記事で、彼がユ・ヨンチョルを取り調べた刑事を探し当てて会った、と伝えています。
役を実感をもって演じたいという理由からで、これは役作りの取材です。
この部分は記者がまとめた文章で、カギ括弧で引かれている本人の言葉は、「現実は映画よりはるかに残忍だ」です。

カン・ホスンがモデル、という発言は見つからない

公開当時の韓国には、この映画から実在の連続殺人犯カン・ホスンを連想した記者がいました。
しかし、脚本家・監督・製作側がカン・ホスンの名前を出した資料は、確認できた範囲では見つかりませんでした。

その記者の文章は、公開時の映画評です。
韓国の経済紙・毎日経済新聞の記者が2010年8月16日の記事で、カン・ホスンが捕まったとき、その犯行の動機や手口などがいずれ映画に出てくるだろうと思った、と書いています。
これは記者の連想であり、作り手の発言ではありません。
なお、この映画評は同じ記事の中で上映時間が141分と144分に割れているなど、事実関係に粗さがあります。

時期も並べておきます。
聯合ニュースの事件日誌(SBSが2009年2月22日に掲載)によれば、カン・ホスンが緊急逮捕されたのは2009年1月24日です。
同じ日誌によれば、2月22日に7人の連続殺人などの罪で起訴されています。
脚本家が語った執筆時期は2008年ごろでした。
「ごろ」という言い方なので厳密には言い切れませんが、逮捕の報道より前に書かれていた可能性が高い、と言えます。
ただし、これは元の脚本の話です。
監督が脚色した時期と、監督の調査がどの事件を対象にしたのかは、資料からは分かりません。

題名の似たテレビ番組もあります。
韓国のテレビ局チャンネルAは2022年に、『ブラック:悪魔を見た』という実録犯罪番組を放送しました。
この番組にはカン・ホスンの事件を扱った回があります(イーデイリー 2022年4月9日)。
この回を報じたイーデイリーの記事は、見出しが『悪魔を見た』とカン・ホスンの名前で始まります。
題名に同じ言葉が入っている、別の番組です。

監督に演出を持ちかけたのは、主演のチェ・ミンシク

チェ・ミンシクは、監督が声をかけて決まった俳優ではありません。
先に脚本を読んだチェ・ミンシクが、キム・ジウンに演出を持ちかけました。
役の入れ替えを言い出したのは監督のほうです。

監督は「シネ21」の取材で、次のように話しています。

『亜熱帯の夜』というタイトルで始まったこの作品は、(中略)パク・フンジョン作家の脚本だった。そして報道されたとおり、もともとチェ・ミンシク先輩の提案で始まったというのは正しい。ただ当時チェ・ミンシクの役は逆だった。本人は殺人鬼を追って復讐するスヒョン役をやろうとしていた。そこで私が、入れ替えてみたらどうかと提案したのだ。
キム・ジウン/シネ21 2010年8月17日(原文韓国語から訳出)

チェ・ミンシク本人も、韓国日報の取材に「キム・ジウン監督に『悪魔を見た』の演出オファーをしたのも私だ」と話しています(2010年8月16日)。
来日時のインタビューでは、監督が「チェ・ミンシクさんが監督として私をキャスティングしたのです」と表現しました(シネマジャーナル・2011年2月10日取材)。

監督はシネマジャーナルの同じインタビューで、「今回ははじめて他の人が書いたシナリオで脚色作業だけしました」と話しています。
続けて、手を入れたのは「オープニングとペンションのシーンとラストの部分」で、エンディングは大きく変わっている、と説明しています。

「韓国で上映禁止になった」は正確か

正確ではありません。
受けたのは「制限上映可」という等級の判定で、それが2回続きました。
再編集した3回目の申請で「青少年観覧不可」になり、予定より1日遅れで公開されています。
「青少年観覧不可」は、シネマジャーナルの韓国封切初日の記事が「日本の例だと18禁程度」と説明している等級です。

韓国の映像物等級委員会の等級検索には、この作品の映画としての記録が3件残っています。

等級分類日 判定 申請された版の上映時間
2010年7月27日 制限上映可(記録上は申請取り下げの表示) 145分
2010年8月3日 制限上映可(記録上は申請取り下げの表示) 144分
2010年8月10日 青少年観覧不可 144分

2回目の判定は、聯合ニュースなどの報道では8月4日とされています。
委員会の記録と1日ずれていますが、理由は確認できていません。

なぜ「事実上の上映不可」と言われたのか

制限上映可は、禁止の処分ではなく等級の一つです。
ただし当時の報道によれば、この等級の映画は「制限上映館」として登録された劇場でしか上映も宣伝もできません。

聯合ニュースは2010年8月4日の記事で、実際に運営されている制限上映館が韓国に1か所もないため、この等級で確定すれば国内で上映できなくなる、と説明しています。
京郷新聞はこれを「事実上の上映不可」と書き、イーデイリーは、事実上「上映禁止」と同じ結果を生む、と書きました。

2回目の判定のとき委員会が示した理由は、聯合ニュースが次のように引用しています。

導入部で遺体の一部をかごに投げ入れる場面、人肉を食べて犬に与える場面、切断された身体を冷蔵庫に入れておいた場面などは、人間の尊厳と価値を著しく毀損すると判断され、制限上映可等級に該当する
映像物等級委員会の説明/聯合ニュース 2010年8月4日(原文韓国語から訳出)

削ったのは約1分30秒

監督は公開前日の8月11日、ソウルで開かれた記者懇談会でこう説明しました。

編集した分量は全部で1分30秒ほどで、ある場面を丸ごと削除したのではなく、場面の持続時間を縮めるかたちで編集した
キム・ジウン/アジア経済 2010年8月11日(原文韓国語から訳出)

英語の報道では当初、7分が削られたという記事が出ました。
映画サイトのTwitch(現ScreenAnarchy)は8月13日、Film Biz Asiaが製作側に確認した話として、削除は7か所で、合計80〜90秒だったと伝えています。
韓国映画振興委員会の英語ニュースも、7か所・計80秒と書いています。

公開日は当初8月11日の予定でした。
審議が長引いたため、マスコミ向けの試写が11日に、公開が8月12日にずれ込んでいます(イーデイリー 2010年8月10日)。

日本で公開されたのはどんな版か

日本では2011年2月26日に、ブロードメディア・スタジオの配給で公開されました。
映倫の区分はR18+、上映時間は2時間24分です。

映倫の審査記録(審査日 2010年11月24日・映倫番号45206)は、指定の理由をこう書いています。

婚約者を残忍な方法で殺害された国家情報院要員と連続殺人犯の対決を描く狂気じみた復讐の物語。犯罪スリラー。大人向きの作品で、刀剣・器物等による鮮血飛散を伴う極めて刺激の強い、数々の殺傷・肉体損壊の描写、死体解体の描写、性描写がみられ、標記区分に指定します。(2時間24分)
映画倫理機構 審査作品検索

映倫の記述に、実話や実在の事件に当たる言葉はありません。

韓国公開版と「インターナショナル版」

この映画には、韓国で公開された版のほかに、削った部分を戻した版があります。
監督は2010年8月20日の観客との対話で、釜山映画祭に出す版には人肉の場面など削った部分を入れ直した、と話しています(スポーツ京郷 8月22日掲載)。
ソフトには、「インターナショナル版」と呼ばれる版が収められています。
監督も、米国公開の前日に出たBloody Disgustingの取材でこの呼び名を使っています。
これが映画祭の版と同じ編集かどうかは、資料では確認できていません。

違いの一例を、監督はその取材でこう説明しました。
インターナショナル版にはアキレス腱が切られる場面があり、韓国版では刃が入る瞬間にカメラが切り替わる、という内容です。
脚本家がネットのコメントを「そのまま具現した」と語った、あのアキレス腱です。

長さにも違いがあります。
ソフトの版を比べている海外のデータベース(DVDCompare、Movie-Censorship.com)によると、韓国公開版が約144分、インターナショナル版が約142分で、削られたはずの韓国版のほうが長くなっています。
DVDCompareは、インターナショナル版は暴力の場面を戻した一方で、テンポのために会話の場面を削っている、と説明しています。
これは愛好家による比較で、製作・配給の公式な発表ではありません。

日本の劇場で上映されたのがどちらの版だったのかは、配給会社が明言した資料を私は見つけられていません。
シネマトゥデイは、日本でも一部を削った版で公開されたという趣旨を、監督の話として伝聞の形で伝えています。
映倫の記録は2時間24分で、数字の上では韓国公開版の約144分に近い長さです。
ただし比べる相手は愛好家がソフトを実測した値で、劇場用の上映時間と同じ測り方とは限りません。
これだけで版を決めることはできません。

よくある質問

悪魔を見たは実話ですか?

実在の事件や人物をモデルにしたと、脚本家・監督・主演俳優・製作側が語った資料は見つかっていません。
脚本家のパク・フンジョンは、連続殺人犯の検挙を扱ったニュースに付いたネットのコメントから着想を得たと話しています。
監督は、犯人の職業の設定について、調べた実在の事件に触れて説明しています。

なぜ韓国で上映禁止になったと言われるのですか?

映像物等級委員会が「制限上映可」の判定を2回出したためです。
この等級の映画を上映できる制限上映館が、当時の韓国には1か所も運営されていませんでした。
そのままでは公開できないので、約1分30秒ぶんを縮める再編集をして、3回目の申請で「青少年観覧不可」の等級を得て公開されました。
日本でも公開の前に、映画.comが「韓国では上映禁止の危機もあった」と伝えています。

原題と英語の題名は何ですか?

原題は韓国語の「악마를 보았다」、英語の題名は「I Saw the Devil」です。
当初の題名は『亜熱帯の夜』(아열대의 밤)でした。
監督はシネ21の取材で「『亜熱帯の夜』というタイトルで始まった」と話し、ソウル新聞も脚本の題名としてこの名前を挙げています。

犯人役は誰ですか?

連続殺人犯ギョンチョルを演じたのはチェ・ミンシクです。
復讐する側のスヒョンを演じたのはイ・ビョンホンです。
監督によれば、チェ・ミンシクは当初、復讐する側の役を考えていました。

日本での年齢区分は?

映倫の区分はR18+です。
18歳未満は観られません。
理由として映倫は、殺傷・肉体損壊の描写、死体解体の描写、性描写を挙げています。

この記事は、映画『悪魔を見た』(2010年・韓国・監督キム・ジウン・脚本パク・フンジョン)について、作り手の発言と審査機関の記録を出典まで戻して確認したものです。
韓国語・英語の記事からの訳は私によるもので、一部の箇所は原文を併記しました。
「見つからない」と書いた箇所は、確認できた範囲の取材記事に無かったという意味です。
そうした発言が存在しないことを証明したものではありません。
作品の場面については、出典の記事や審査機関の説明に出てくる範囲だけを書いています。
ソフトに収録された特典映像や音声解説の内容には触れていません。
確認できていないためです。

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