
シュレックの元ネタは、ウィリアム・スタイグの絵本『Shrek!』(1990年)です。「実在のプロレスラーがモデル」という説は、私が当たった製作資料・当時の記事・百科事典の記事のどこにも記述がありませんでした。
この記事では、製作側が自分で語った元ネタと、製作側以外から出た説を出典に当たって確かめ、「本人が明言」「第三者の推測」「根拠が辿れない」の3つに仕分けます。
結論:原作はスタイグの絵本『Shrek!』
映画『シュレック』(2001年)の製作資料は、作品の出発点を次のように書いています。
出典:Shrek: Production Notes(cinema.com)
同名の短い絵本、つまりウィリアム・スタイグの『Shrek!』が原作です。
刊行は1990年です(2001年のSalonの記事、英語版Wikipediaの記載による)。日本語版は『みにくいシュレック』(おがわえつこ訳・セーラー出版・1991年3月・32ページ)として出ています(国立国会図書館の書誌による)。
絵本は1990年、映画は2001年です。元ネタを考えるときは、この11年の差を先に押さえておく必要があります。
製作側が語った元ネタ
企画のきっかけはプロデューサーの子ども
絵本が映画の企画になった経緯は、プロデューサーのジョン・H・ウィリアムズが製作資料の中で語っています。
出典:Shrek: Production Notes(cinema.com)
企画の売り込みは、当時幼稚園児だった自分の子どもと、その弟から来たという発言です。
デュロックの見た目の着想源はフランスのドルドーニュ
同じ製作資料には、美術監督たちがハースト・キャッスル、ストラトフォード・アポン・エイヴォン、フランスのドルドーニュへ取材に出かけたとあります。そのうちドルドーニュについては、こう書かれています。
出典:Shrek: Production Notes(cinema.com)
ファークアード卿が治めるデュロックの見た目の着想源は、ドルドーニュです。
フィオナの見た目に実在のモデルはいないとアニメーターが明言
『シュレック』のスーパーバイジング・アニメーターだったラマン・フイ(Raman Hui)は、インタビューでフィオナの見た目が実在の人物に基づいているのかを問われ、こう答えています。
出典:Digital Media FX『Raman Hui Interview』(Internet Archive保存版)
フイは同じ回答で、フィオナの造形をおそらく100体以上作ったうえで監督たちが最終デザインを選んだ、とも述べています。フィオナの見た目(人間の姿)に実在のモデルがいることは、作り手の一人が否定しています。
「実在のレスラーがモデル」説を出典で確かめた
シュレックのモデルを実在のプロレスラーとする説は、私が当たった製作資料・当時の記事・百科事典の記事のどれにも出てきませんでした。
この説で名前が挙がるのは、The French Angel のリングネームで知られたプロレスラー、モーリス・ティエです(英語版Wikipediaによれば1903〜1954年)。私は次の資料の全文を取得し、ティエの名前と、レスラーに関する語(英語の wrestl/日本語のレスラー・レスリング)を検索しました。
| 資料 | ティエの名前 | レスラーに関する語 |
|---|---|---|
| 製作資料(cinema.com) | 0件 | 0件 |
| Salon(2001年5月24日) | 0件 | 0件 |
| 英語版Wikipedia『Shrek』(映画) | 0件 | 0件 |
| 英語版Wikipedia『Shrek!』(絵本) | 0件 | 0件 |
| 英語版Wikipedia『Shrek (character)』 | 0件 | 0件 |
| 日本語版Wikipedia『シュレック (映画)』 | 0件 | 0件 |
| 日本語版Wikipedia『みにくいシュレック』 | 0件 | 0件 |
| Moment Magazine(Web版 2013年6月11日) | 0件 | 0件 |
逆の側からも確かめました。英語版Wikipediaのティエ本人の記事『The French Angel』には、「Shrek」の語が1回も出てきません。
どちらの側から引いても、シュレックとティエを結ぶ記述は見つかりませんでした。
私が当たった範囲では、製作側がこの説に触れた記録はない
ただし、製作側がこの説を打ち消した記録があるわけでもありません。私が当たった範囲では、ドリームワークスがこの説に触れた記録そのものが見つかりません。否定も肯定もされていない、というのが実測の結果です。
この説をいつ誰が言い出したのかも、私は一次資料で辿れていません。
原作者スタイグには確認できない
絵本の作者に聞けば決着しそうですが、スタイグは2003年に亡くなっています(国立国会図書館の書誌に記載された生没年は1907〜2003年)。本人に確認する手段は、もうありません。
また、絵本と映画では絵柄も別物です。2001年のSalonの記事で評者のマーゴット・ミフリンは、映画のアニメーターがスタイグの独特な絵柄を捨てたと批判しています。説が絵本のシュレックの話なのか、映画のシュレックの話なのかで、確かめるべき相手も変わります。
仕分け:本人明言/第三者の推測/根拠が辿れない
元ネタとして製作側が語ったもののうち、私が確認できたのは絵本・企画のきっかけ・デュロックの着想源・フィオナの見た目の4つです。下の表の中で、レスラー説だけはどの資料にも根拠が辿れません。
| 説・話題 | 区分 | 根拠 |
|---|---|---|
| 原作はスタイグの絵本『Shrek!』 | 本人明言 | 製作資料 |
| 企画のきっかけはプロデューサーの子ども | 本人明言 | ウィリアムズの発言(製作資料) |
| デュロックの見た目はドルドーニュ | 本人明言 | 製作資料 |
| フィオナの見た目は実在の人物がモデルではない | 本人明言 | ラマン・フイのインタビュー |
| ファークアード卿のモデルはアイズナー | 第三者の推測 | 2001年の報道。製作側のマーケティング責任者は否定 |
| ドンキーのモデルは実在のロバ | 第三者の記述 | パロアルトのロバの紹介ページ。製作側の資料では未確認 |
| シュレックのモデルは実在のレスラー | 根拠が辿れない | 製作資料・記事・百科事典に記述なし |
ファークアード卿とアイズナー
ファークアード卿は、当時のディズニーのトップ、マイケル・アイズナーのパロディだとも言われています。
2001年4月6日付のシカゴ・トリビューンが掲載したワシントン・ポストの記事は、ディズニーへの当てこすりに見える要素や、ファークアード卿の顔立ちがアイズナーに似ている点を挙げています。一方で同じ記事は、ドリームワークスのマーケティング責任者テリー・プレスがこれを否定したと伝えています。
出典:Chicago Tribune『KATZENBERG'S REVENGE?』(2001年4月6日)
似ているという指摘はあっても、製作側のマーケティング責任者は当時、モデルであることを否定しています。
ドンキーのモデル
ドンキーについては、カリフォルニア州パロアルトのバロンパークにいるロバたちを紹介するページ(Barron Park Donkeys)に、ミニロバ Perry(Pericles)について次の記述があります。
出典:Barron Park Donkeys(紹介ページ。Internet Archive 2001年11月30日保存版)
ただしこれはロバの紹介ページの記述で、製作側の資料では私は確認できていません。ここでは、そのページにそう書かれている、というところまでにとどめます。
「シュレック」という名前の意味
「shrek」はイディッシュ語の単語です。Moment Magazineの記事は、こう説明しています。
出典:Moment Magazine『Will the Real Shrek Please Stand Up?』(Web版 2013年6月11日)
この記事によれば、「シュレック」はイディッシュ語で恐怖を意味する語です。スタイグ本人が名前の由来を語った記述は、私が当たった資料にはありませんでした。
原作と映画はどこまで同じか
当時の評者の指摘では、映画は絵本の台詞も絵柄も使っていません。
2001年の公開当時、Salonのマーゴット・ミフリンは、映画には原作の台詞が一行も使われていないと書いています。
出典:Salon、マーゴット・ミフリンの記事(2001年5月24日)
ミフリンは同じ記事で、原作(ミフリンの表現では30ページ)は長編映画を支えるほど筋が多くなく、脚色が必要だったことは認めています。当時の評論は、映画が絵本の中身を大きく作り替えたと見ています。
よくある質問
シュレックの元ネタは?
ウィリアム・スタイグの絵本『Shrek!』(1990年)です。日本語版は『みにくいシュレック』(セーラー出版・1991年)です。
シュレックのモデルは実在の人物?
製作側が実在の人物をモデルにしたと語った記録は、私が当たった範囲では見つかりません。実在のレスラーがモデルという説も、根拠が辿れません。
フィオナのモデルは誰?
アニメーターのラマン・フイは、フィオナの見た目(人間の姿)は実在の人物がモデルではないと述べています。
ドンキーのモデルは?
パロアルトのロバの紹介ページには、実在のミニロバがモデルだと書かれていますが、製作側の資料では未確認です。
シュレックのモデルになった場所は?
製作資料は、デュロックの見た目の着想源をフランスのドルドーニュとしています。シュレックの沼については、美術監督のダグラス・ロジャーズがサウスカロライナ州チャールストン郊外にある、マグノリアの植わる農園へ取材に出かけたとあります。
シュレックの名前の由来は?
Moment Magazineの記事によれば、イディッシュ語で恐怖を意味する語です。
