
映画『13日の金曜日』は実話なのでしょうか?
結論から書くと、実際の事件をもとにしたという記述は、この記事で当たった資料には見つかりませんでした。
作られたきっかけは、1978年の映画『ハロウィン』のヒットでした。
それどころか、脚本が完成する前に、バラエティ誌へ売り込みの広告が出ていました。
ただし、この作品のまわりに実在するものもあります。
この記事では、実在するものとしないものを分けて整理します。扱うのは1980年の1作目です。
なお後半に、作品の終盤に関わる話が出てきます。その手前で断りを入れます。
結論:当たった資料は、もとになった事件を挙げていない
| 項目 | 判定 | 根拠 |
|---|---|---|
| 実際の事件がもとか | そう書いた資料は見つからなかった | この記事で当たった範囲 |
| 作られたきっかけ | 『ハロウィン』(1978年)のヒット | 日本語版・英語版Wikipedia |
| ロケ地 | 実在する現役のボーイスカウトのキャンプ場 | 日本語版・英語版Wikipedia |
| 「13日の金曜日」の言い伝え | 実在するが、起源ははっきりしない | 日本語版Wikipedia |
| エド・ゲイン説 | 当たった資料は結びつけていない | 英語版Wikipedia |
きっかけは『ハロウィン』のヒット。脚本の完成より先に広告が出ました
日本語版Wikipediaによると、ジョン・カーペンター監督の『ハロウィン』(1978年)の成功に促されて、カニンガム監督は、脚本家のヴィクター・ミラーがまだ脚本を書いている最中の1979年初めに、バラエティ誌に売り込みの広告を出しました。
英語版Wikipediaは、掲載している広告の図版の説明で、この広告を出した時点で脚本は完成していなかったと書いています。
日本語版Wikipediaによると、カニンガムは『13日の金曜日』を衝撃的で視覚的に美しく、「座席から飛び出したくなる」ものにしたいと考え、前に関わった『鮮血の美学』とは距離を置いて、より「ジェットコースターのような作品」にしたいと考えていました。
題名も、はじめは違いました。
当初の脚本は『A Long Night at Camp Blood』(キャンプ・ブラッドでの長い夜)という仮題でした。
書き直しの最中にカニンガムが「13日の金曜日」という題名を提案し、ミラーがそれを受けて書き直しを始めています。
広告を急いだ理由も書かれています。
この題名の権利を誰かが持っているのではないかと心配したカニンガムが、訴訟を避けるためにすぐ調べたほうがいいと考えたためでした。
実際、配給会社のジョージ・マンスールは、自分たちの映画の前に『13日の金曜日 地獄のフライデー』(Friday the 13th: The Orphan)という映画があってそれなりに成功しており、誰かが訴訟を起こすと脅してきたが最終的には解決した、と語っています。
脚本家は、自分が殺される悪夢を死の場面に使いました
脚本のヴィクター・ミラーは、1979年半ばに脚本を完成させました。
当時ミラーはカニンガムの近くのコネチカット州ストラットフォードに住んでいて、2人は映画の企画を一緒に考えるようになっていた、と日本語版Wikipediaは書いています。
英語版Wikipediaには、材料の出どころについての記述があります。
ミラーは死の場面を書くとき、自分が殺される夢という、生涯にわたって見てきた悪夢の要素を取り入れた、と書かれています。
犯人は、脚本家が母性を逆手に取って作った人物です
以降、作品の終盤に関わる話が出てきます。
まだ観ていない方はご注意ください。
日本語版Wikipediaによると、ミラーは、連続殺人犯が誰かの母親であり、子どもへの愛情だけが動機になっている、という設定を好んでいました。
本人の言葉も載っています。
「私は母性を逆手に取ったのだが、それはとてもおもしろかった。ボーヒーズ夫人は、私がいつも望んでいた母親で、子供のために人を殺すような母親だった」
つまり、この犯人の造形のもとにあるのは事件の記録ではなく、母親という役割をひっくり返してみるという思いつきでした。
英語版Wikipediaも同じ発言を載せており、ミラーが「誰かの母親だと分かる連続殺人犯」を考え出すことを楽しんだ、と書いています。
日本語版Wikipediaによると、ミラーは、続編でジェイソン・ボーヒーズを犯人にするという製作側の判断に不満を持ち、「ジェイソンは最初から死んでいた。彼は悪役ではなく、犠牲者だったんだ」と語っています。
続編で犯人にされた人物を、脚本を書いた本人は悪役だと思っていなかったことになります。
ラストのジェイソンは、メイク担当の思いつきでした
日本語版Wikipediaによると、映画の最後にジェイソンが登場するというアイデアは、もともとの脚本には入っていませんでした。
ミラーの最終稿では、アリスが湖に浮かんでいるところで映画が終わっていました。
あの登場を提案したのは、メイクアップ・デザイナーのトム・サヴィーニです。
サヴィーニは、ラストにクリフハンガーを設けたのは『キャリー』を見たばかりであのような驚きが必要だと考えたからで、自分が「ジェイソンを登場させよう」と言ったのだ、と語っています。
英語版Wikipediaも、この案がもともとの脚本には無く、サヴィーニの提案だったと書いています。
続編でジェイソンが犯人になる前の、最初の登場を提案したのは特殊メイクの担当者でした。
実在するもの① ロケ地は、いまも動いているキャンプ場です
日本語版Wikipediaによると、撮影はニュージャージー州ウォーレン郡のハードウィック、ブレアスタウン、ホープの各郡区とその周辺で行われました。
そしてキャンプの場面は、ハードウィックにある現役のボーイスカウトのキャンプ場「Camp No-Be-Bo-Sco」で撮影されています。
同じ項目は、このキャンプ場は現在も存続していて、サマーキャンプとして運営されていると書いています。
英語版Wikipediaも、キャンプの場面が稼働中のボーイスカウトのキャンプ場で撮られたと書いています。
撮影用に作ったセットではありませんでした。
実在するもの② 言い伝えのほうも、起源ははっきりしません
題名になっている「13日の金曜日」という言い伝えは実在します。
ただし日本語版Wikipediaの「13日の金曜日」の項目は、それを証明する具体的なデータや統計が存在しない迷信ともされていると書いています。
同じ項目によると、この言い伝えを持つ国で不吉とされる理由にはいくつもの説がありますが、定かではありません。
13を不吉な数とするものと、金曜日を不吉とするものが別々に生まれて合わさった、という説が有力とされています。
13日の金曜日を不吉とするようになったのは19世紀になってからだ、という意見もあると書かれています。
そもそも、どこでも同じではありません。
同じ項目によると、イタリアで不吉なのは17日の金曜日、スペイン語圏では13日の火曜日で、13日の金曜日を不吉とするのは英語圏とドイツ、フランスなどに限られます。
聖書と結びつけて語られることもあります。
イヴによるアダムの誘惑も、ノアが大洪水から脱出したのも、バベルの塔が壊されたのも13日の金曜日だと言われることがありますが、聖書にそのような記述はないと同じ項目は書いています。
なお、この項目には2017年8月付で「出典の明記」の注意が付いています。
ここに書いたことは、その注意が付いた項目の記述です。
噂の出どころは2つ。どちらも当たった資料では結びつきません
2026年9月に「13日の金曜日 実話」で検索したときは、上位に2つの説が出ていました。
1つはエド・ゲインという実在の殺人者がもとだという説、もう1つは1946年のテキサカーナの連続殺人事件がもとだという説です。
どちらの書き込みもこの記事では開いていないので、その中身は引きません。
書けるのは、資料の側がどうなっているかだけです。
英語版Wikipediaの『13日の金曜日』の項目には、エド・ゲインもテキサカーナも1度も出てきません。(2026年9月に全文を検索して確かめました)
エド・ゲインの項目のほうには、彼がもとになったとされる架空の殺人者が、代表例として挙げられています。
挙がっているのは『サイコ』のノーマン・ベイツ、『悪魔のいけにえ』のレザーフェイス、『羊たちの沈黙』のバッファロー・ビルなどで、その代表例に『13日の金曜日』の登場人物は入っていません。
エド・ゲイン説そのものについては、別の記事であらためて整理します。
テキサカーナの事件は実在します。
英語版Wikipediaによると、1946年初めにテキサカーナ周辺で起きた未解決の連続殺人で、2月22日から5月3日までの週末の夜に、カップルが狙われました。
そして同じ項目は、この事件をもとにした作品として1976年の映画『The Town That Dreaded Sundown』を挙げており、その後の噂や伝説の多くはこの映画が土台になっているとしています。
この項目にも「Friday the 13th」は1度も出てきません。
夏の話なのに、撮影中に雪が降りました
撮影が実際どうだったかも、資料に残っています。
英語版Wikipediaによると、撮影は1979年9月初めに始まりました。
現場は時に「刺すように寒い」と言われる状態で、とくに冒頭の場面の撮影がそうでした。
この場面はもともと2人が湖のほとりを歩いているところで起きる予定でしたが、思いがけない降雪のために納屋の中で起きるよう作り直されています。作品の設定は夏だからです。
予算が限られていたため屋外の照明もほとんど使えず、夜の場面の多くがとても暗く見えるのはそのためだ、とも書かれています。
なお日本語版Wikipediaは、要約の部分で撮影を「1979年の夏」と書き、撮影の節では「1979年9月」と書いています。
同じ項目の中で食い違っているので、英語版と一致する9月のほうを本文に採りました。
観て思ったこと
ここからは資料ではなく、私が1980年の1作目を観た印象です。
『13日の金曜日』を観ていて印象に残るのは、湖畔のキャンプ場という誰にでも想像しやすい場所が舞台になっていることでした。
だからこそ作中の出来事にも妙な現実感が生まれ、超常現象の物語というより不気味な事件の噂話を聞いているような感覚になります。
観終わったあとに気になったのは登場人物よりも、この作品の発想のもとになった実際の事件や都市伝説が存在するのかという点でした。
森や湖に囲まれたキャンプ場の雰囲気に現実の場所らしい空気がありました。
過去に起きた事故や事件が噂として語られる流れは、実際の都市伝説のように感じられました。
若者たちが休暇やアルバイトの延長で集まっている設定に日常性がありました。
超自然的な怪異というより、人間が起こす事件として描かれている部分に現実味を感じました。
特定の実話を映画化したという印象はなかったが、地方で語り継がれる怪談や事件の噂を参考にしているような雰囲気はありました。
よくある質問
映画『13日の金曜日』は実話ですか?
実際の事件をもとにしたという記述は、この記事で当たった資料では見つかりませんでした。
英語版Wikipediaの『13日の金曜日』の項目を2026年9月に全文検索したときも、「true story」という語は1度も出てきませんでした。
なぜこの映画が作られたのですか?
日本語版Wikipediaによると、1978年の『ハロウィン』のヒットに促されたためです。
監督のカニンガムは、脚本がまだ書かれている最中に、バラエティ誌へ売り込みの広告を出しました。
キャンプ場は実在しますか?
撮影に使われた場所は実在します。
日本語版Wikipediaによると、ニュージャージー州ハードウィックにある現役のボーイスカウトのキャンプ場「Camp No-Be-Bo-Sco」で、現在もサマーキャンプとして運営されています。
エド・ゲインがモデルという話は本当ですか?
この記事で当たった資料は、そう書いていません。
英語版Wikipediaの『13日の金曜日』の項目にエド・ゲインは1度も出てこず、エド・ゲインの項目が代表例として挙げる架空の殺人者にも、この作品の登場人物は入っていません。
1作目の犯人はジェイソンですか?
違います。
日本語版Wikipediaによると、ジェイソンが犯人になるのは続編からで、1作目の最後にジェイソンが登場する案も、もともとの脚本には入っていませんでした。
脚本のヴィクター・ミラーは、続編でジェイソンを犯人にする判断に不満を述べ、「ジェイソンは最初から死んでいた。彼は悪役ではなく、犠牲者だったんだ」と語っています。
もとの題名は何でしたか?
『A Long Night at Camp Blood』(キャンプ・ブラッドでの長い夜)という仮題でした。
書き直しの最中に、カニンガムが「13日の金曜日」という題名を提案しています。
この記事は、映画『13日の金曜日』(1980年・アメリカ・監督 ショーン・S・カニンガム)について、日本語版Wikipedia(「13日の金曜日 (1980年の映画)」「13日の金曜日」)と英語版Wikipedia(「Friday the 13th (1980 film)」「Ed Gein」「Texarkana Moonlight Murders」)をもとに確認したものです。
日本語版Wikipediaの「13日の金曜日」(迷信の項目)には、2017年8月付で「出典の明記」の注意が付いています。
Wikipediaが出典に挙げている書籍は、いずれも本文を開いていません。
検索結果に出ていた書き込みも開いていないので、その当否には触れていません。
「1度も出てこない」という記述は、2026年9月に英語版の2つの項目(「Friday the 13th (1980 film)」「Texarkana Moonlight Murders」)を全文検索して確かめた範囲です。
英語の記述は原文から訳しました。
作品について私の記憶で書いたのは「観て思ったこと」の節だけで、それ以外の作品の説明は上に挙げた資料の記述によります。
私の記憶の濃さは、筋は追えるが細部は曖昧、という程度です。

