
『ラストサムライ』は実話ではありません。ネイサン・オールグレンも勝元盛次も架空の人物です。
ただし、下敷きにした史実は監督自身が明言しています。
そして史実と照らすと、年代が合わない人物が中心にいます。
さらに、明らかな間違いのうちいくつかは作り手が「解っていて残した」ものでした。
出典にあたって整理します。
監督は「出発点」をはっきり語っています
脚本も共同で担当したエドワード・ズウィック監督は、アイヴァン・モリス『高貴なる敗北』の「第9章 西郷隆盛伝」に影響を受けたと表明しています。
監督自身が「我々の架空の物語」と呼んでいます。
元政府の要人による叛乱という意味で該当する史実は、1877年(明治10年)の西南戦争です。
なお影響元となった『高貴なる敗北』の著者アイヴァン・モリスは、三島由紀夫の友人であり、三島作品の英訳者の一人でした。
オールグレンのモデルは、8年前の戦争の人です
トム・クルーズが演じるオールグレンにも、モデルとされる実在の人物がいます。
| 人物 | ジュール・ブリュネ(フランス人陸軍大尉) |
| 立場 | 江戸幕府のフランス軍事顧問団として来日 |
| 戦った戦争 | 榎本武揚率いる旧幕府軍に参加し、箱館戦争(戊辰戦争)を戦った |
| 時期 | 1868年 - 1869年 |
一方、映画のクライマックスの下敷きである西南戦争は1877年です。
モデルの戦争と、作品の戦争は8年ずれています。
戊辰戦争の外国人将校を、8年後の士族反乱に置いたのがこの物語です。
なおもう一人、影響元として名前が挙がる人物がいます。フレデリック・タウンゼント・ウォード——常勝軍を結成して中国の西洋化に貢献したアメリカ人傭兵です。
ついでに、西洋化を進めた国も違います
出典は、映画の設定についてこう記しています。
モデルとされるブリュネはフランスの軍人でした。
「大村」は、その時代にはもう生きていません
作中では、明治天皇の執政という形で「大村」なる人物が日本陸軍の西洋化を推し進めます。
出典は、史実の大村益次郎とイメージが重なると指摘したうえで、決定的なことを書いています。
| 大村益次郎の死 | 明治2年(1869年)の暮れ |
| 西南戦争 | 明治10年(1877年) |
8年前に亡くなっている人物が、作中では政府の中枢にいます。
主人公のモデルも、対立する政府側の人物も、同じ8年のずれを抱えています。
忍者について、作り手は「間違っている」と解っていました
この作品でいちばん批判される場面のひとつが、忍者の襲撃です。出典の書き方が率直です。
問題はその先です。
知らなかったのではなく、知ったうえで入れています。
日本人スタッフは反対していました。
髷が中国風なのにも、理由があります
見落とされがちですが、出典はもうひとつ指摘しています。
劇中の侍の髷はすべて中国の苦力風に仕立てられています。
理由は、結髪を米国の中国人スタッフが担当したためです。
考証の問題ではなく、現場の人員配置の結果でした。
銃は、持ち主が入れ替わっています
「刀の侍が、銃の政府軍に敗れる」という構図で語られる作品ですが、火器についての出典の評価は、少し違います。
まず、描写自体は評価されています
出典は、監督が軍装品やプロップガンの選定にかなりのこだわりを見せたとしたうえで、こう書いています。
ただし、銃の種類が逆になっています
具体的に見ると、入れ替わりが起きています。
| 作中 | 史実 |
|---|---|
| 政府軍(官軍)の一般兵がスプリングフィールドM1861やエンフィールドM1853を使用 | これらのミニエー銃は、西南戦争では西郷軍側で用いられたもの |
| 後半の帝國陸軍兵はマウザーM1871を装備 | 西南戦争で帝國陸軍が用いたのは後装式改造のスナイドル銃 |
| 騎兵はウィンチェスターM1873 | 幕末期に輸入されたのはヘンリー銃、シャープス銃、スペンサー銃、マルティニ・ヘンリー銃など |
| 山砲やガトリング砲 | 明治初期の山砲はフランス製の四斤山砲 |
理由は、レプリカが存在しないことでした
出典は、この入れ替わりの原因まで説明しています。
スナイドル銃はレプリカを製造しているメーカーが存在しないため、本作には登場しません。
また村田銃についても、明治の帝國陸軍を象徴する装備でありながら、実銃の入手や実射が今日でも非常に難しく、レプリカを製造している銃器メーカーが存在しませんでした。
そこで、外見や作動形式が近く口径もほぼ同じマウザーが代用されたとみられる、と出典は記しています。
考証を諦めたのではなく、物が存在しなかったということです。
史実の西郷側は、刀の集団ではありません
映画がいちばん強く印象づけるのは「刀の侍が、銃の政府軍に敗れる」という構図です。西南戦争の記録は、まったく違う姿を示しています。
西郷が作ったのは、銃と砲の学校でした
1874年(明治7年)6月、西郷の了承を得て鹿児島城厩跡に私学校が設立されます。その中身がこう記されています。
剣術道場ではなく、銃隊と砲隊の兵学校です。
薩摩は、後装式小銃をいち早く導入した側でした
さらに踏み込んだ記述があります。
薩摩藩はオランダ商社を通じて、イギリス製のパトロン(薬莢)製造機械を輸入していました。
「近代化に取り残された側」ではありませんでした。
政府軍の弾薬は、鹿児島で作られていました
そして、いちばん構図が反転するのがここです。
政府軍が撃つ弾は、鹿児島製でした。
開戦にあたって陸軍は、この弾薬製造設備を大阪へ搬出しています。山縣有朋と大山巌という、陸軍内の長閥と薩閥の代表者が協力して行ったことが記録に残っています。
日本で撮影されたのは、ごく一部です
最後にロケ地です。
| 場所 | 撮影された内容 |
|---|---|
| 書寫山圓教寺(兵庫県姫路市) | オールグレンと勝元が過ごした村の日々のシーン |
| ニュージーランド | 戦闘場面、村のシーン |
| ハリウッドのスタジオ | 街中のシーン |
| 九十九島(長崎県佐世保市) | 冒頭の遠景。10秒ほど |
合戦の舞台は、日本ではありません。
なおエキストラについては、当初は徴兵制を経て兵器の扱いに慣れている韓国人や、銃規制のゆるい環境で育った日系アメリカ人を使う案があったものの、トム・クルーズらの反対によって、日本から500名ほどの若者がニュージーランドに集められています。
よくある質問
ラストサムライは実話ですか?
実話ではありません。登場人物は架空です。ただし監督が「西郷隆盛の生涯が我々の架空の物語の出発点となりました」と述べており、1877年の西南戦争が下敷きになっています。
勝元のモデルは西郷隆盛ですか?
出典は、元政府の要人による叛乱という点で西南戦争が該当するとし、監督が西郷隆盛伝に影響を受けたと表明していることを記しています。ただし勝元という人物そのものは架空です。
オールグレンにモデルはいますか?
ジュール・ブリュネというフランス人陸軍大尉です。江戸幕府のフランス軍事顧問団として来日し、榎本武揚の旧幕府軍で箱館戦争を戦いました。ただしそれは1868年から1869年で、映画の下敷きである西南戦争より8年前です。
忍者が出てくるのはおかしくないですか?
出典も「時代考証から外れた上に描写が誤った、漫画的な忍者軍団」と書いています。日本人スタッフは難色を示しましたが、「間違っているのは解っているが、どうしてもニンジャを撮りたい」というアメリカ人スタッフの要望で残されました。
侍が銃を使わないのは史実ですか?
作中の火器については、出典は陸戦史が比較的正確に描写されていると評価しています。ただし政府軍が持つミニエー銃は、実際には西郷軍側で用いられたものです。史実で帝國陸軍が使ったスナイドル銃は、レプリカが存在しないため登場しません。
まとめ
実話ではありません。ただし、ずれ方に理由があります。
主人公のモデルは8年前の戦争の人で、政府側の「大村」に重なる人物は8年前に亡くなっています。忍者は作り手が間違いと知りながら入れ、髷は中国人スタッフが結い、銃はレプリカが存在しないという理由で入れ替わりました。
史実からの距離が、それぞれ別の事情でできています。
同じ明治期の出来事を扱った作品の検証としては、『八甲田山』が実話かを出典にあたって整理した記事もあります。
本記事の事実関係は、日本語版Wikipediaの『ラスト サムライ』にあたって確認しました。監督の発言、忍者の描写に関する経緯、火器の選定理由は、いずれも同記事の記述によります。
作中人物は架空であるため、実在の人物との対応は出典が示す範囲にとどめ、作中の設定を史実として記載していません。

