ウルトラマン 名前の由来|ウルトラは体操の流行語から来ている

※この記事にはプロモーションが含まれています。

「ウルトラマン」という名前は、誰が考えたのか。

調べていくと、この名前が作品の中から生まれていないことが分かります。

出発点は、テレビ番組ですらありません。
体操競技の流行語です。

そして名前が変わるきっかけになったのは、物語の都合ではなく、商標であったり、前作との商業的なつながりであったりします。

この記事では、シリーズの名前がどう決まってきたかを、出典まで戻って並べます。

結論:名付けの主導権は、ずっと外にありました

作品 名前の出どころ 決めた側
ウルトラQ(1966) 東京五輪の流行語「ウルトラC」 TBS
ウルトラマン(1966) 前作の後継だと伝えるため TBS・円谷・スポンサー
ウルトラセブン(1967) 劇中の設定+放送枠+没企画の題名
ウルトラマンA(1972) 他社の玩具を避けるため改題 円谷プロ
ウルトラマンタロウ(1973) 日本の昔話の語感 円谷プロ
ウルトラマンティガ(1996) インドネシア語の「3」 バンダイ

順番に見ていきます。

「ウルトラ」は、体操競技の言葉でした

シリーズの名前は『ウルトラマン』から始まっていません。
先に『ウルトラQ』があり、その「ウルトラ」が起点です。

企画時のタイトルは、まったく違いました。

『アンバランス』(UNBALANCE)です。自然界の均衡が崩れて起きる怪事件を追う、という筋立てでした。

これが日曜夜の家族向けとしては抽象的すぎると判断され、改題されます。
そこで持ち込まれたのが、当時の流行語でした。

このタイトルは、当時の東京オリンピックでの流行語「ウルトラC」をもとにTBSの編成部に所属していた岩崎嘉一が考案したもので、視聴者に「これは一体何だ?」と思わせる高難易度のクエスチョン、そして高度の特殊技術を駆使した特撮テレビ映画という二重の意味が込められている
日本語版Wikipedia「ウルトラQ」(出典=『大鑑』1987年、336頁/栫井巍 特別寄稿「夢を紡いだ人々」)

1964年の東京オリンピックで、男子体操の最高難度は「C難度」でした。それを超える大技に対して使われた造語が「ウルトラC」です。

大会のあと、この語は「超絶的な技」「奇跡的な打開策」を指す流行語として広まりました。

「ウルトラ」は、円谷プロが考えた言葉ではありません。

「Q」のほうはQuestion、つまり謎を指しています。同時に高難度の意味も重ねられていて、二重になっています。

なお、命名者については別の人物を挙げる資料もあります。筆者はそちらの裏を取れませんでした。ここで名前を挙げたのは、当時のプロデューサー本人が署名記事で書き残しており、頁まで特定できるためです。

『ウルトラマン』になる前に、2つの名前がありました

次作の企画は、まったく別のタイトルで進んでいました。

企画名 時期 内容
WoO(ウー) 1964年末〜 不定形生物と少年の交流。フジテレビ向け
科学特捜隊ベムラー 1965年12月〜 正義の怪獣が悪の怪獣と戦う
科学特捜隊レッドマン 1966年1月〜 宇宙人が地球人と一体化する

最初の主人公は、ヒーローではなく怪獣でした。
「主人公が怪獣では問題がある」という意見が強く、監修の円谷英二からは「スーパーマンのようなヒーローを」という提案が出ています。

「レッドマン」は、名前を守るための仮題でした

ここに、この記事で最も見落とされている事実があります。

レッドマンの名称は、本作品以後の作品でも企画段階の番組名を他社に商標登録されてしまうのを防ぐために秘匿した初期段階の仮題として認識され、円谷特技プロでしばしば用いられるようになった
日本語版Wikipedia「ウルトラマン」(出典=テレビマガジン特別編集ほか)

仮題は、思いつきではなく運用ルールでした。
本当の名前を隠しておくための、いわば当て馬です。以後の作品でも使われるようになります。

決め手は、前作の続きだと伝えることでした

『レッドマン』から『ウルトラマン』への改題が決まったのは、1966年4月中旬です。局・制作・スポンサーの定例編成会議で正式に採択されました。

理由は、物語の中にはありません。

先に始まっていた『ウルトラQ』の後継作品だと、市場に一目で分からせるためです。

『ウルトラQ』は既に怪獣ブームを起こしていました。その勢いを引き継ぐために、TBS側が「ウルトラ」という冠の継続使用を求めます。そこへ、超人を意味するマン(Man)が結合されました。

つまり「ウルトラ」は前作から、「マン」は英語の普通名詞から来ています。作品世界の設定が先にあったわけではありません。

劇中の命名譚は、後から作られたものです

作品の中では、ハヤタが名付けたことになっている場面があります。

  • 『小説 ウルトラマン』では、アラシの「ウルトラに強かった」という言葉から
  • 漫画『ウルトラマン THE FIRST』では「ウルトラ作戦第一号の協力者」という着想から

これらは作品内の説明であって、現実の命名経緯ではありません。混同されていることがあります。

エースは、他社の玩具があったので改題しました

1972年の作品は、当初『ウルトラA』という題で進んでいました。

ところが、玩具メーカーのマルサンから『怪傑透明ウルトラエース』というSF玩具が既に発売されていました。商標上の問題を避けるため、3月初旬に「マン」を挿入して『ウルトラマンA』へ改題されます。

放送直前の変更だったことは、残っているものからも分かります。

  • 台本は第6話まで「ウルトラA」で印刷されていた
  • 主題歌も「ウルトラA」で収録されていた

よく「マルサンが商標を登録していた」と書かれますが、マルサンは商標権者ではありません。「ウルトラエース」の商標を取得しているのは別の会社です。先に商品が出ていたので、懸念が生じたという順序です。

そのほかの名前

作品 由来
ウルトラセブン(1967) 劇中では「7人目の仲間」。ほかに没企画『ウルトラ・セブン』の題名、日曜19時の放送枠、『荒野の七人』が挙げられる
帰ってきたウルトラマン(1971) 放送当時は固有の名前が無かった。「ジャック」は1984年に後から設定された
ウルトラマンタロウ(1973) 円谷プロ創立10周年。桃太郎・金太郎に通じる語感
ウルトラマンレオ(1974) 獅子座(Leo)L77星雲の出身という設定
ウルトラマン80(1980) 1980年代の到来。読みは「エイティ」

30年後、名付けたのは玩具メーカーでした

1996年の『ウルトラマンティガ』は、シリーズが16年ぶりにテレビへ戻った作品です。

この「ティガ」を提案したのは、円谷プロの人間ではありませんでした。バンダイの専務取締役だった人物が、たまたま旅行先だったインドネシアの言葉から持ち込んでいます。

詳しくはウルトラマンティガ 名前の由来|名付けたのは円谷プロではないで扱いました。

1966年も1996年も、名付けの主導権は制作会社の外にありました。

まとめ

  • 「ウルトラ」は東京五輪の流行語「ウルトラC」から来ている
  • 考案したのはTBSの編成部の人物
  • 『ウルトラQ』の企画時タイトルは『アンバランス』
  • 『ウルトラマン』の仮題は『ベムラー』『レッドマン』
  • 「レッドマン」は商標を守るための仮題という運用だった
  • 『ウルトラマン』への改題は前作の後継だと市場に伝えるため
  • 『ウルトラマンA』は他社の玩具を避けて改題された
  • 『ティガ』は玩具メーカーの提案

名前は、物語の中身よりも先に、外の事情で決まってきました。

よくある質問

「ウルトラマン」の「ウルトラ」はどういう意味ですか?

極限・究極を意味する語です。ただしシリーズで使われるようになった直接のきっかけは、1964年の東京オリンピックの体操競技で生まれた流行語「ウルトラC」です。

「ウルトラQ」の「Q」は何ですか?

Question、つまり謎の頭文字です。同時に高難度の意味も重ねられています。

『ウルトラマン』は最初から『ウルトラマン』でしたか?

いいえ。企画は『科学特捜隊ベムラー』として始まり、『科学特捜隊レッドマン』を経て、1966年4月中旬に『ウルトラマン』へ改題されました。

なぜ「ウルトラマンA」は「ウルトラA」ではないのですか?

玩具メーカーのマルサンから『怪傑透明ウルトラエース』という商品が既に発売されており、商標上の問題を避けるためです。台本は第6話まで、主題歌も「ウルトラA」で作られていました。

「帰ってきたウルトラマン」に名前が無いのはなぜですか?

放送当時は固有の名前が付けられておらず、作品名がそのまま呼び名になっていました。「ジャック」という名称が設定されたのは1984年です。

誰が「ウルトラQ」と名付けたのですか?

当時のプロデューサーが署名記事で、TBS編成部の岩崎嘉一の考案だと書き残しています。ただし別の人物を挙げる資料もあり、この記事では断定していません。

この記事は、ウルトラシリーズの命名をめぐる記録を、出典まで戻して確認したものです。
書誌情報は国立国会図書館の書誌で照合しました。
引用元の書籍そのものには当たっていません。日本語版Wikipediaが示す出典表記を経由して確認した記述です。
命名者の特定など、資料によって記述が食い違う箇所は断定していません。
「確認できなかった」と書いた箇所は、当記事で当たった資料の範囲での話です。

おすすめの記事