
新選組の「誠」の旗。
赤地に白抜きで大きく一文字、下にギザギザの山形模様。あの旗です。
では、なぜ「誠」なのでしょうか?
調べると、意外なことになります。由来を説明した記録が、公開されている資料の中に見つかりません。
そしてあの旗は、6種類あるとされています。
この記事では、大河ドラマ『新選組!』が描いた説明と、資料で確認できることを突き合わせます。
結論:由来は確認できず、旗は6種類あるとされる
| 問い | 資料で確認できること |
|---|---|
| なぜ「誠」なのか | 由来を説明した記述が、Wikipediaにも国立国会図書館のデータベースにも見当たらない |
| 旗は何種類あるか | 全部で6種類あるとされている |
| 誰が作ったか | 旗は現在の髙島屋にあたる古着・木綿商、羽織は現在の大丸にあたる大文字屋呉服店 |
| 大河ドラマの説明は史実か | ドラマが挙げる理由は、資料では確認できない |
「誠」の由来を書いた記録が見つかりません
まず、ここが出発点です。
Wikipediaの「新選組」には隊旗の項目があります。
そこに書かれているのは形・色・種類・製作者で、なぜ「誠」の字を選んだのかは書かれていません。
国立国会図書館のデータベースにも、答えは載っていません
公的なレファレンス記録にも当たりました。
国立国会図書館が運営するレファレンス協同データベースに、まさにこの質問の事例が登録されています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 質問 | 新選組の「誠」の旗の由来について |
| 回答 | 下記の資料をご参照下さい |
| 参考資料 | 『新選組のすべて 増補版』新人物往来社編、2004年、p10-11 『新選組実録』(ちくま新書078)相川司・菊地明著、筑摩書房、1996年、p33-34 『蒼狼の剣 グラフィックス新選組』山村竜也著・岡田正人写真、PHPエディターズ・グループ、2002年、p27 |
| 提供館・登録日 | 調布市立中央図書館/2005年11月18日 |
回答本文は「下記の資料をご参照下さい」の一文です。書名とページを案内するだけで、答えそのものは書かれていません(レファレンス協同データベース)。
司書が3冊の本を指し示すかたちで終わっている。
それだけこの問いが、一行で答えられる種類のものではないということになります。
大河ドラマ『新選組!』は、はっきりした理由を描いています
一方、2004年のNHK大河ドラマ『新選組!』には、旗の由来を説明する場面があります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品 | NHK大河ドラマ第43作『新選組!』 |
| 放送 | 2004年1月11日 - 12月12日/全49回 |
| 脚本 | 三谷幸喜 |
| 主演 | 香取慎吾(近藤勇) |
| 土方歳三 | 山本耕史 |
| 該当回 | 第21回「どっこい事件」(2004年5月30日放送)/劇中の日付は文久3年6月3日 |
この回で、土方歳三が仕立てさせた隊旗を披露します。
挙げられる理由は2つです。
| ドラマで語られる理由 |
|---|
| ①「誠の道を進む近藤先生にふさわしい言葉である」 |
| ②「風になびけば、試衛館の『試』という字に見えなくもない」 |
②は、旗を実際になびかせて見せる印象的な場面です。
多摩の試衛館から始まった仲間の結束を、旗印に重ねる演出になっています。
ただし、この理由づけは資料の側では確認できません。
Wikipediaにも国立国会図書館のレファレンス回答にも、試衛館の「試」を意識したという記述は出てきません。
脚本の三谷幸喜が、多摩組の絆というドラマの主題に合わせて組み立てた説明だと考えるのが自然です。
ただし「誠衛館」という説は、資料の側にもあります
おもしろいのは、まったく無関係とも言い切れないところです。
Wikipediaの「新選組」には、こう書かれています。
旗と道場名を結びつける発想そのものは、ドラマの創作ではなく以前から存在していたことになります。
ドラマはそれを「なびくと『試』に見える」という視覚的な形に置き換えた、という順番です。
「誠」の旗は6種類あるとされています
ここも、記憶と資料が食い違うところです。
新選組の旗といえば、赤地・白抜きの「誠」・下に山形模様の1枚を思い浮かべます。
しかし資料では、全部で6種類あるとされています。
Wikipediaの記述はこうです。
金字の旗もあったとされています。
赤地・白抜きの1枚だけを思い浮かべていたなら、そこは資料と食い違っている、ということになります。
旗は髙島屋、羽織は大丸が作りました
ここは調べていて一番意外だったところです。
| もの | 作ったのは |
|---|---|
| 隊旗 | 現在の髙島屋にあたる古着・木綿商による特注 |
| ダンダラ羽織 | 大文字屋呉服店(現在の大丸) |
新選組の装備は、いまも続く2つの百貨店の前身が作っていたことになります。
資金の出どころも記録があります。
文久3年4月、大坂の両替商・平野屋五兵衛に100両を提供させ、これを元手に隊服と隊旗を揃えました。
ダンダラ模様は忠臣蔵から来ていて、その忠臣蔵も創作です
山形模様(ダンダラ)の出どころもたどれます。
Wikipediaによれば、ダンダラは歌舞伎などの『忠臣蔵』で赤穂浪士が吉良邸に討ち入りするときに着ている羽織の柄です。
そしてその羽織の柄自体が、史実ではなく赤穂事件をもとにした創作で広まったものだと注記されています。
つまり創作を下敷きにした意匠が、実在の組織の装束になった、ということになります。
浅葱色についても同じことが書かれています。
浅葱色が死装束として定着したのは新選組の象徴色として知られたあとで、近藤勇の死を契機に「誠の死に装束」として語られるようになったという見方が紹介されています。
ダンダラ羽織は、1年ほどで消えています
最後にもうひとつ、記憶とずれる点があります。
ダンダラ羽織は最初の1年ほどで廃止されたらしく、池田屋事件のときに着用していたとする証言が最後の記録です。
池田屋事件の2日後に目撃された隊士の服装は、着込襦袢・襠高袴・紺の脚絆・後鉢巻・白の襷でした。
新選組に尾行されていた大村藩士・渡辺昇は、尾行者が黒衣・黒袴であればすぐに新選組だと分かったと述べています。
明治末期に老人が「新選組は黒羅紗筒袖の陣羽織を着ていた」と証言した記録もあり、廃止後は黒ずくめだったと考えられています。
浅葱色のダンダラ羽織で新選組が活動した期間は、結成からの1年ほどということになります。
実在の人物を描く作品では、こういうずれが起きます
ドラマは物語なので、動機や理由を用意しなければ場面が成立しません。
一方、記録の側にその答えが残っているとは限らない。この差が、ずれとして表に出ます。
当サイトでは同じやり方で『一休さん』も調べています(一休さんは実在する|将軍さまは既に出家していた)。
あちらは、アニメで一休に難題を出す「将軍さま」=足利義満が、一休の幼少期にはすでに将軍を退いて出家していた、という話です。
よくある質問
新選組の「誠」にはどんな意味がありますか?
字の意味そのものは「まこと」「偽りのないこと」ですが、新選組がなぜこの字を選んだのかを説明した記述は、Wikipediaにも国立国会図書館のレファレンス回答にも見当たりません。
公的なレファレンスでも、3冊の書籍を参照するよう案内されるにとどまっています。
「誠」の旗は誰が考案したのですか?
確認できませんでした。
大河ドラマ『新選組!』では土方歳三が発案した形で描かれますが、これがドラマの構成なのか記録に基づくものなのかは、当記事で当たった資料からは判断できません。
「誠」の旗が赤いのはなぜですか?
色の理由についても記述を見つけられませんでした。
なお赤地だけでなく、金字の旗もあったとされ、全部で6種類あるとされています。
旗はいつまで使われたのですか?
当記事で当たった資料からは特定できませんでした。
一方、浅葱色のダンダラ羽織については「最初の1年ほどで廃止」「池田屋事件の着用証言が最後の記録」と記されています。羽織と旗は運用期間が違う可能性があります。
大河ドラマ『新選組!』の説明は史実ですか?
第21回で土方が語る「風になびけば試衛館の『試』に見える」という理由は、当記事で当たった資料では確認できませんでした。
ただし「試衛館は誠衛館の誤り」とする説自体は資料の側にも存在します。
この記事は、大河ドラマ『新選組!』の描写と、公開されている資料を突き合わせたものです。
ドラマの放送日・回・配役、隊旗と隊服に関する記述、レファレンス事例の内容は、いずれも出典にあたって確認し、引用は原文のまま載せています。
「見つからない」「確認できない」と書いた箇所は、当記事で当たった資料の範囲での話であり、専門書や一次史料まで調べれば別の記述がある可能性があります。断定はしていません。

