
「ドラえもん」という名前。
なぜ前半だけカタカナで、後半はひらがななのか。
検索すると、由来の説がいくつも出てきます。
どら焼き。ドラ猫。銅鑼。dream on。ドジえもん。
ところが、それらを出典まで追いかけると、きれいに前半と後半で分かれます。
「ドラ」は、作者本人が漫画に描いています。
「えもん」は、誰も一次資料を示していません。
この記事では、6つの説をひとつずつ出典まで戻して、辿れるものと辿れないものを仕分けます。
結論:「ドラ」は作者に辿り着く。「えもん」は辿り着かない
| 説 | 出典に辿れるか | 出どころ |
|---|---|---|
| 「ドラ」=ドラ猫 | 辿れる | 藤子・F・不二雄『ドラえもん誕生』(1978年) |
| 「えもん」=右衛門 | 辿れない | 作者の発言が見つからない。藤子プロ社長も推測で語っている |
| ひらがなの理由=カタカナを書けなかった | 原作ではない | 方倉陽二『ドラえもん百科』(1979年) |
| どら焼き | 辿れない | 裏づけになる作者の発言が見当たらない |
| dream on | 辿れない | 言い出した人が特定できない |
| 土左衛門 | 説として存在 | 『ドラえもん最強考察』(2010年・晋遊舎) |
そもそも、この名前はいつ世に出たのか
説を1つずつ見る前に、出発点を押さえておきます。
『ドラえもん』の連載が始まったのは1969年。小学館の学習雑誌6誌で、同時にスタートしています。
『よいこ』『幼稚園』『小学一年生』『小学二年生』『小学三年生』『小学四年生』の6誌です。
いずれも1970年1月号でした。
ここで一点、細かいようで大事なことがあります。
連載開始時の作者名義は、「藤子・F・不二雄」ではなく「藤子不二雄」です。
藤本弘と安孫子素雄の共同ペンネームの時代で、『ドラえもん』は藤本の単独執筆でした。
名前の由来をたどるときは、この時期の資料が「藤子不二雄名義」で出ていることを頭に入れておくと迷いません。
ちなみに6誌それぞれで第1話が違います。
6誌ぶんの第1話をまとめて読めるようになったのは、2019年に『ドラえもん』0巻が出てからです。
順番に見ていきます。
「ドラ」の出どころは、作者自身が漫画に描いています
藤子・F・不二雄には、『ドラえもん誕生』という自伝的な短編があります。1978年の作品です。
新連載のアイデアが出ないまま締切の朝を迎えてしまった、という話です。
締切の朝に、娘の玩具につまずきました
作中の藤本は、何もまとまらないまま朝を迎えます。
「わしゃ、破滅じゃー」と叫びながら階段を駆け下りたところで、床に置いてあった娘の起き上がりこぼしにつまずきます。
玩具の名前は「ポロンちゃん」といいます。
ドラネコと、揺れる起き上がりこぼし
その直前、藤本は近所のドラネコのことを思い出していました。
つまずいた拍子に、この2つが結びつきます。
丸い体は起き上がりこぼしから。
ネコ型ロボットという発想と「ドラ」という響きは、ドラネコから。
つまり「ドラ」については、作者が自分で描いた記録が残っています。ここは推測ではありません。
ただし、この経緯には別の証言もあります。
元アシスタントのえびはら武司は、著書『まいっちんぐマンガ道』で、これとは違う説明をしています。創作の現場の話は、当事者の間でも一致していません。
では「えもん」は? 作者は「古臭い名前」としか言っていません
ここからが本題です。
「えもん」は「右衛門」から来ている、とよく説明されます。
未来のロボットに江戸っぽい古い名前を付けることで、落差の面白さを狙った——という話です。
この「狙い」の部分は、確かに作者本人の言葉として残っています。
藤子・F・不二雄/『少年サンデー』1989年8号。『ド・ラ・カルト ドラえもん通の本』(小学館、1998年1月)に語録として収録
読み返してみてください。
「右衛門」という語が、どこにも出てきません。
藤本が語っているのは、古臭い名前を付けたという事実と、その落差が面白いという狙いです。
その古臭さがどこから来た言葉なのかは、この語録では説明されていません。
藤子プロの社長も「狙ったのではないか」と言っています
ここがいちばん効きます。
テレビ番組で、藤子プロ社長の伊藤善章がこの件について語ったことがあります。
紹介された内容はこうでした。
伊藤善章(藤子プロ社長)の考えとして紹介されたもの
末尾に注目してください。「狙ったのではないか」です。
権利を管理している会社の社長が、断定していません。
「こう聞いています」でも「資料にこうあります」でもなく、推測の形で話しています。
公式に近い立場の人ほど、断定を避けている。
これが「えもん」の現状です。
ひらがなの理由として有名な話は、原作にありません
「えもん」がひらがなである理由として、こんな話が知られています。
未来で名前を登録するとき、ドラえもんは「エモン」をカタカナで書けなかった。仕方なくひらがなで書いたので、そのまま登録されてしまった。
よくできた話です。
そしてこの場面は、藤子・F・不二雄が描いた本編には出てきません。
出どころは、アシスタントが描いた別の漫画です
この逸話は、方倉陽二『ドラえもん百科』のものです。
方倉陽二は1970年4月から藤子不二雄のアシスタントを務め、1973年からはチーフアシスタントでした。1976年に独立し、その翌年から『月刊コロコロコミック』で『ドラえもん百科』を連載しています。
単行本の第1巻が出たのは1979年11月です。
作中でドラえもんに名前の記入を求める役人の呼称は、「ロボット戸籍調査員」です。
なぜ、これほど広まったのか
ここに答えがあります。
1980年に放送されたアニメ「ドラえもん びっくり全百科」で、方倉陽二が描いた設定を多く含むドラえもんの生い立ちが放送されました。
漫画だけなら読者は限られます。
テレビで流れたことで、この話は一気に「みんなが知っていること」になりました。
ただし「非公式だから間違い」でもありません
ここは雑に切らないほうがいい部分です。
いわゆる「方倉設定」には、藤本に許可をとったものと、方倉が独自に描いたものが混在しているとされています。
どちらなのかが分かっていない項目もあります。
ですから、正確にはこう言うことになります。
原作本編には無い。出どころは『ドラえもん百科』。ただし作者の許可があった可能性は残る。
どら焼き説には、裏づけが見当たりません
いちばん人口に膾炙しているのがこれです。
「どら焼きが好きだから、ドラえもん」。
筆者が当たった範囲では、この説を裏づける作者の発言が見つかりませんでした。
付け加えると、作中の表記は「どら焼き」ではなく「ドラやき」です。
大好物なのは間違いありません。甘すぎるドラやきは邪道だという持論まで持っています。
ただ、好物であることと、そこから名前が付いたことは別の話です。
前者は作中に山ほど根拠があり、後者には1つもありません。
dream on 説と、土左衛門説
dream on は、言い出した人が分かりません
「英語の dream on(夢を持ち続けろ)から来ている」という説があります。
いい話ではあります。
ただし誰が最初に言ったのかを辿れません。
もうひとつ、英語の側にも引っかかりがあります。
Dream on! は、相手の言うことに対して「そんなわけないでしょ」と返すときの言い回しです。辞書を引けば確認できます。
夢を持ち続けろ、という励ましの意味では、あまり使われません。
土左衛門説というのもあります
藤本が落語好きだったことから、小噺に出てくる土左衛門が元ではないか、という説です。
『ドラえもん最強考察』(2010年・晋遊舎)の90頁に、この見立てが載っています。
説として存在することは確認できます。
作者の発言に辿り着けない点は、他の説と同じです。
「ドジえもん」は、作中では悪口です
手塚治虫の作品に由来するのではないか、という説も見かけます。
こちらは藤子スタジオ関係者の証言が見当たりません。
なお「ドジえもん」は作中に実在しますが、由来ではありません。映画『のび太のドラビアンナイト』で、四次元ポケットを奪われたドラえもんにジャイアンが付けた蔑称です。
妹「ドラミ」の名前は、小学四年生の読者が考えました
兄の由来がはっきりしない一方で、妹のほうは記録が残っています。
ドラミは、読者のアイデアから生まれたキャラクターです。
『小学四年生』1973年3月号の『ドラえもん』最終ページに、ドラミの姿を載せた予告コマがあります。
その欄外に、こう書かれていました。
『小学四年生』1973年3月号/てんとう虫コミックス『ドラミちゃん』228頁
本編での初登場は『小学五年生』1973年4月号です。初出時の表記は「ドラ美」でした。
さらに、元アシスタントのえびはら武司によれば、デザインも読者投稿のものをほぼそのまま藤本が描き起こしたといいます。
「ドラ」に女性名の止め字を付けた形は、兄の名前と対になっています。
ただしこれも、作者がそう説明した記録は見当たりません。
まとめ
「ドラえもん」の由来は、前半と後半で証拠の量がまったく違います。
「ドラ」は作者本人が漫画に描いた。
ドラネコと、娘の起き上がりこぼし。1978年の『ドラえもん誕生』に残っています。
「えもん」は、誰も一次資料を出していない。
作者が語ったのは「古臭い名前を付けた」ところまでで、その古臭さの出どころには触れていません。藤子プロの社長も「狙ったのではないか」と推測で話しています。
ひらがなの理由として有名な話は、原作ではない。
方倉陽二『ドラえもん百科』のもので、1980年のアニメ特番で広まりました。
どら焼き説、dream on 説、土左衛門説は、いずれも作者の発言に辿り着きません。
半世紀以上たっても、この名前の後半は、はっきりしないままです。
そしてそれは、たぶん困ったことではありません。分からないから、みんなが説を作り続けているわけですから。
よくある質問
ドラえもんの名前の由来は何ですか?
「ドラ」はドラネコから来ています。作者の藤子・F・不二雄が自伝的短編『ドラえもん誕生』(1978年)に、ドラネコと娘の起き上がりこぼしから着想した経緯を描いています。
「えもん」の由来については、作者本人が説明した資料が見つかりません。
「えもん」は「右衛門」ですか?
そう説明されることが多い一方で、作者がそう述べた記録は確認できませんでした。
藤子プロ社長の伊藤善章も、テレビ番組で「狙ったのではないか」という推測の形で語っています。
「ドラ」がカタカナで「えもん」がひらがななのはなぜですか?
ドラえもんが名前を登録するときにカタカナで「エモン」を書けなかったから、という話が知られています。
ただしこれは藤子・F・不二雄の本編ではなく、方倉陽二『ドラえもん百科』(単行本第1巻は1979年11月)の内容です。
ドラえもんの名前はどら焼きが由来ですか?
この説を裏づける作者の発言は見当たりません。
ドラやきが大好物であることは作中に多数の描写がありますが、それと命名の理由は別の話です。
「dream on」が由来という説は本当ですか?
言い出した人を辿れず、一次資料も確認できません。
また英語の Dream on! は、相手の話に「そんなわけない」と返すときの言い回しで、励ましの意味では通常使われません。
ドラえもんの名前を付けたのは誰ですか?
作者の藤子・F・不二雄です。1969年に『ドラえもん』の連載を始めるにあたって、キャラクターの造形と同時に着想したことが『ドラえもん誕生』に描かれています。
ドラミの名前の由来は何ですか?
ドラミは読者のアイデアから生まれました。『小学四年生』1973年3月号の予告に「小四の読者のアイディアです」と明記されています。
本編初登場は『小学五年生』1973年4月号で、初出時の表記は「ドラ美」でした。
この記事は、『ドラえもん』の名前の由来として流布している説を、それぞれ出典まで戻して確認したものです。
作者の語録は初出誌と収録単行本にあたり、引用は原文のまま載せています。書名・著者・刊行年は国立国会図書館の書誌で照合しました。
「確認できなかった」と書いた箇所は、当記事で当たった資料の範囲での話です。未見のインタビューや設定資料に記述がある可能性は残ります。断定はしていません。

