ゴールデンカムイはどこまで史実か|土方歳三は死んでいる

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『ゴールデンカムイ』を読んでいると、どこまでが本当なのか気になってきます。

実在の人物が、何人も出てきます。

土方歳三、永倉新八、石川啄木。名前だけ借りたのではなく、Wikipediaが「実在した人物」と明記している面々です。

ただし、いちばん大きな改変がそこにあります。

土方歳三は、史実では1869年に死んでいます。

以下、出典にあたって「確認できるもの」と「確認できないもの」を分けて整理します。

まず、考証の厚さが尋常ではありません

作品の舞台は明治末期、日露戦争終結直後の北海道・樺太です。『週刊ヤングジャンプ』で2014年から2022年まで連載されました。

タイトルは英語の golden とアイヌ語の kamuy を合わせた造語です。公式のキャッチコピーは「冒険・歴史・文化・狩猟グルメ・ホラー・GAG&LOVE!和風闇鍋ウエスタン!!」で、歴史ものであることは看板の一部でしかありません。

それでも、「どこまで史実か」への答えは、作者の取材の仕方そのものに出ています。

作者・野田サトルの曽祖父は、日露戦争に出兵した屯田兵でした。かねてより関連する作品を描きたいという希望があり、そこへ担当編集から「次は猟師の話を描かないか」という提案が入って、企画が動き出します。

そして資料の集め方がこれです。

「アップの作画にも耐えられる細密な資料が手元に絶対に必要」という理由から軍帽やマキリなどを収集し、三十年式小銃や二十八糎榴弾砲、雷型駆逐艦の模型などの製作を特注で依頼したWikipedia『ゴールデンカムイ』制作背景

模型を特注しています。それも駆逐艦まで。

取材のほうはもっと直接的です。

「直接自分で現地に行って体感することが大事」という考えから北海道各地や樺太などへ取材に行き、狩猟に同行して脳みそや肝臓を実際に食しているWikipedia『ゴールデンカムイ』制作背景

現地へ行き、実際に食べています。

そのうえでアイヌ文化の監修と時代考証を専門家に依頼しています。

監修者 担当
中川裕(千葉大学教授) アイヌ語・アイヌ文化
伊藤富美也(俳優・声優) 新潟弁

方言にまで監修が付いています。

もともとは「狩猟マンガ」でした

意外なことに、最初から歴史ものだったわけではありません。

当初は日露戦争帰りの若者を主人公にした狩猟マンガとして構想されていました。ところがヒグマの食害をメインにしたネームへの担当編集の反応が芳しくなく、狩猟だけではネタ切れが早いと思われたこともあって、方向が変わります。

道史の中から「土方歳三」「脱獄王」「埋蔵金伝説」「アイヌ」を拾い上げて組み入れた。

いま作品の背骨になっている要素は、後から足されたものでした。

出典で「実在した人物」と明記されている4人

Wikipediaの登場人物一覧には、こういう凡例が置かれています。

軍属や実在施設関係者や実在する異名を冠された人物については、該当人物ページへのリンクや実在との解説のない限りは作中のみの架空人物Wikipedia『ゴールデンカムイ』登場人物

つまり「実在した人物」と書かれているかどうかで線が引けるということです。それが以下の4人になります。

人物 出典の記載
土方歳三 実在した人物。元新撰組副長
永倉新八 実在した人物。新撰組元隊士
石川啄木 実在した人物。本作では史実と少し異なる時期に釧路新聞社の遊軍記者となっている
田本研造 実在した人物。かつて土方の写真を撮った

石川啄木については、出典が改変の中身まで書いています。史実で釧路新聞社の遊軍記者をしていたのは1908年1月から4月ごろで、作中の時期とはずれています。

最大の改変|土方歳三は1869年に死んでいます

作中の土方歳三は、齢70を越えて生きています。

現実は違います。

史実 作中
生年 天保6年(1835年)
没年 明治2年(1869年)5月11日 生存
最期 箱館五稜郭の防衛戦で戦死

Wikipediaの『土方歳三』にはこうあります。最期については「諸説あるが」と前置きしたうえで、一本木関門跡の近隣が「歳三が銃弾に倒れたと伝わる」場所とされています。

つまり作品は、歴史上いちばん有名な戦死のひとつを、無かったことにして始まっています。

それでも、年齢の計算は合っています

ここが面白いところです。

作品の舞台は1907年冬から始まります。土方歳三は天保6年、つまり1835年の生まれです。

引き算をします。

1907 − 1835 = 72歳

そして作中の土方についての記載は「既に齢は70を越している」

死んだという事実は変えたのに、生年からの引き算はそのまま使っています。嘘のつき方が、かなり律儀です。

田本研造が撮った写真は、本当に存在します

さきほどの4人のうち、田本研造の扱いが特に細かい。

作中の田本は「かつて土方の写真を撮った」人物として出てきます。これは設定ではありません。

Wikipedia『土方歳三』の記事に載っている肖像写真の説明が、そのまま答えになっています。

箱館戦争時の肖像写真(田本研造撮影、1868年Wikipedia『土方歳三』

教科書などで見かけるあの一枚を、実際に撮った本人が作中に出てきます。

死んだことは変えたが、その男を撮った写真家は実名で出す。取材の細かさがこういう形で出ています。

考証は、当事者からどう見られているか

作者がどれだけ取材しても、それが正確かどうかは別の話です。そこで、描かれた側の評価を確認します。

文献や資料をよく調べている。文様も細かく描写されており、見応えがある
全国の若い世代にアイヌ文化に興味を持たせるきっかけをつくったという点で貢献度は非常に大きいアイヌ民族博物館の職員(Wikipedia『ゴールデンカムイ』評価)

北海道アイヌ協会の理事長も、アイヌの料理や狩猟など風習・文化がリアルに表現されているとして「よく描かれている」と評価しています。平取町アイヌ文化情報センターでも人気になっているとのことです。

外からの評価も付いています。

できごと
2019 大英博物館の日本マンガ展でキービジュアルに選出(「アイヌという少数民族の文化を描いている点」などが理由)
2022 アイヌ政策推進本部長を兼務する官房長官が記者会見で言及

受賞歴も並べておきます。

2016 マンガ大賞2016 大賞
2018 手塚治虫文化賞 マンガ大賞
2021 文化庁メディア芸術祭 マンガ部門 ソーシャル・インパクト賞
2022 日本漫画家協会賞 大賞
2023 芸術選奨 文部科学大臣新人賞(メディア芸術部門)

2021年の受賞名が「ソーシャル・インパクト賞」なのが、この作品の位置をよく表しています。

なお本記事は、個々の描写がどこまで正確かを検証したものではありません。当事者団体や公的な場で上のように評価されている、という事実までです。

モデルが明記されている架空の人物

「実在した人物」ではないが、出典にモデルが書かれている人たちもいます。

作中 モデル(出典の記載)
坂本慶一郎 明治時代の強盗犯・坂本慶次郎
蝮のお銀 江戸時代から明治初期に活動した伝説の人物「蝮のお銀」。実在の強盗犯・坂本慶次郎の妻が、作中の蝮のお銀と同じ殺害方法を用いた
マイケル・オストログ ジャック・ザ・リッパーの容疑者の一人として取り沙汰された実在の人物の名前

強盗犯の夫婦をそのまま持ってきて、名前を一字だけ変えている。手口の細部まで実在の事件から引いています。

よく言われるが、出典で確認できないもの

ここからは注意が要ります。

検索するとモデル解説がたくさん出てきますが、出典が示されていないものが多いのです。

杉元佐一=舩坂弘説

いちばん広く書かれているのが、主人公・杉元佐一のモデルは舩坂弘だという説です。「不死身の分隊長」と呼ばれた軍人で、たしかに杉元の「不死身の杉元」という異名と重なります。

ただし、確認するとこうなります。

確認したこと 結果
Wikipedia『ゴールデンカムイ』に記載があるか 無し
Wikipedia『舩坂弘』にゴールデンカムイへの言及があるか 無し(0件)
舩坂弘の生年 1920年(軍歴は1941年〜1944年)
作品の舞台 1907年

舩坂弘は、作品の舞台となる1907年にはまだ生まれていません。

異名の響きが似ているという話であって、史実上の対応ではありません。着想の元だった可能性はありますが、本記事で当たった出典では確認できませんでした。断定は避けます。

ほかにも出典を確認できなかったもの

同じ理由で、次のモデル説も本記事では扱いません。

よく言われるもの 状態
鶴見中尉のモデル Wikipedia『ゴールデンカムイ』に記載なし
アシㇼパのモデル 同上
網走監獄の描写と史実の対応 同上

書かれていないことを「無い」と断定はしません。確認できなかった、というところまでです。

よくある質問

『ゴールデンカムイ』は実話ですか?

実話ではありません。金塊をめぐる物語そのものは創作です。ただし実在の人物・実在の事件のモデル・実在の文化考証が、かなりの密度で組み込まれています

土方歳三は本当に生きていたのですか?

生きていません。史実では明治2年(1869年)5月11日、箱館五稜郭の防衛戦で亡くなっています。作中の生存は創作です。

杉元佐一に実在のモデルはいますか?

本記事で当たった出典では確認できませんでした。舩坂弘という説が広く書かれていますが、双方のWikipediaに相互の言及がなく、舩坂は1920年生まれで作品の舞台には存在していません。

アイヌ文化の描写は正確ですか?

アイヌ語・アイヌ文化について千葉大学教授の中川裕が監修しています。ただし個々の描写の正確さについては、本記事では検証していません。

新撰組の関係者は誰が出ますか?

出典で「実在した人物」と明記されているのは土方歳三と永倉新八です。

まとめ

実在の人物を出しながら、いちばん大きな事実をひとつだけ変えています。

土方歳三は1869年に死んでいる。それを無かったことにして、代わりに生年からの引き算は史実どおりに合わせている。土方を撮った写真家は実名で出す。強盗犯の夫婦は手口ごと持ってくる。

どこを変えてどこを変えないかが、はっきり決まっている作品です。

そして最後にもう一度。杉元佐一のモデルについては、出典で確認できませんでした。よく見かける説ですが、本記事では書きません。

本記事の事実関係は、日本語版Wikipediaの『ゴールデンカムイ』(作風・制作背景・登場人物・監修)、『土方歳三』、『舩坂弘』にあたって確認しました。
出典に記載のないモデル説は、確認できなかったものとして扱い、断定していません。作品のあらすじは、必要な範囲を超えて記載していません。

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