
「おじゃる丸」という名前。
平安の貴族の子らしい、いかにも雅な響きです。
では、この名前はどこから来たのでしょうか?
答えは2つあります。作中で明かされている答えと、国語辞典が教えてくれる答えが、別のことを言っています。
そして辞典の側を調べると、意外なことが分かります。「おじゃる」は、平安時代には存在しない言葉です。
この記事では、作中の命名譚と、言葉そのものの歴史を突き合わせます。
結論:名前と自称は平安に合っている。語尾だけが合っていない
| 要素 | いつからある言葉か | 平安時代(794〜1185年)と合うか |
|---|---|---|
| 「丸」(名前の末尾) | 702年の戸籍に「稲麻呂」「安麻呂」 | 合う(平安時代の92年前から実在) |
| 「マロ」(一人称) | 自称としての用法は主として平安時代以降 | 合う |
| 「おじゃる」(語尾) | 初出は1563年・室町時代末期 | 合わない(平安時代の終わりから378年後) |
つまり名前と自称は平安、語尾だけ室町という組み合わせになっています。
作中の答え:泣き声が「おじゃ〜」だったから
まず、作品の側には答えがあります。
第18シリーズ第34話「おおざる丸」(通算1522話/初回放送2015年10月7日)が、まるごと命名の話です。
ヘイアンチョウに里帰りしたおじゃる丸が、自分の名前が決まった経緯を両親から聞かされます。
危うく「おおざる丸」になるところでした
父上が最初に考えていた名は「おおざる丸」。
おじゃる丸が生まれる少し前、鬼が山に大きな猿がいて、熊と相撲を取って勝った。その猿のように強く逞しく育ってほしいという願いだったといいます。
ほかにも候補が並びます。
| 候補 | 誰の案か・理由 |
|---|---|
| おおざる丸 | 父上。熊に勝った猿にちなむ |
| こぼね丸 | 父上。噛むとポリポリと良い音がして愛らしい |
| おもち丸 / おいも丸 / おっとっと丸 | 父上 |
| うるわし丸 | 母上。おじゃる丸自身が「うるわし丸が良かった」と言う |
決め手は本人の泣き声でした
結局どれにもならなかった理由が、この回の落としどころです。
生まれた瞬間、おじゃる丸は普通の産声ではなく「おじゃ〜おじゃ〜!」と泣いた。
その声に両親が聞き惚れているうちに、いつの間にか名前が「おじゃる丸」に決まっていたといいます。
作中の答えは、これで完結しています。
ところが「おじゃる」は平安時代に無い言葉です
ここからが本題です。
おじゃる丸は千年前のヘイアンチョウから来た設定になっています。
では、その時代に「おじゃる」という言葉はあったのでしょうか。
ありません。
辞典が挙げる最も古い用例は1563年です
精選版 日本国語大辞典の「おじゃる」の項を見ます。
精選版 日本国語大辞典「おじゃる」
そして初出の実例として挙げられているのが、次の一文です。
玉塵抄(1563)一七
1563年。室町時代の末期です。
平安時代は一般に794年から1185年とされます。
平安時代が終わってから378年後、始まりから数えれば769年後の言葉ということになります。
もう一つの用例も、時代は同じです。
虎明本狂言・粟田口(室町末‐近世初)
しかも「短命だった」と書かれています
辞典の「語誌」の項に、この言葉のたどった道が要約されています。
精選版 日本国語大辞典「おじゃる」語誌
ここで目を引くのは、使っていた人たちです。
大名、武士、僧侶、年配の町人。
公家が入っていません。
「おじゃる」は公家言葉だという理解が広く行き渡っています。
筆者もそう思っていました。ですが辞典が挙げる使い手は、武家と僧侶と町人です。
一方、「丸」は平安より前から実在します
語尾は合いませんでした。では名前の方はどうでしょうか。
こちらは合っています。しかも余裕をもって合っています。
702年の戸籍に「稲麻呂」「安麻呂」がいます
デジタル大辞泉は「丸」の接尾語としての用法をこう説明します。
デジタル大辞泉「丸」接尾語の項
辞典が挙げる例は石童丸と牛若丸です。
では元になった「麻呂」はいつからあるのか。
精選版 日本国語大辞典が初出として挙げるのは、律令国家の戸籍です。
正倉院文書・大宝二年(702)御野国味蜂間郡春部里戸籍
702年。平安時代が始まる92年前です。
柿本人麻呂も、坂上田村麻呂も、この系統の名前です。
「◯◯丸」という平安貴族の子の名は、言葉の歴史として正しいということになります。
一人称「マロ」も、平安で正しい
おじゃる丸は自分のことを「マロ」と呼びます。
命名の回でも、「マロの名前がもう少しで『おおざる丸』になるところじゃったのじゃ」と怒っています。
この「まろ」を辞典で引くと、こうあります。
精選版 日本国語大辞典「麻呂・麿・丸」
自称としての「まろ」は、まさに平安時代からの言葉です。
語誌には、中古の文献では老幼男女、貴賤にかかわらず広く見られるともあります。
貴族の子が使ってもおかしくありません。
つまりおじゃる丸の台詞は、「マロ」までは平安、「〜でおじゃる」から室町という継ぎ目を持っています。
これは間違いではなく、設計だと考えられます
ここまで書くと粗探しのようですが、そうではないと思っています。
理由は、作品が一度も「平安時代」と名乗っていないことです。
作品が使うのは一貫して「ヘイアンチョウ」です
Wikipediaの記述はこうです。
Wikipedia「おじゃる丸」
ここで「(平安時代)」と補われているのは、読み手に向けた説明です。
作品が使う名は「ヘイアンチョウ」というカタカナの架空地名で、そこは月光町やエンマ界と並ぶ別世界として描かれます。
実在の平安時代を再現する作品なら、室町の言葉づかいは考証の誤りになります。
ですが最初から架空の「ヘイアンチョウ」だと言っているのであれば、話は変わります。
大河ドラマとのコラボでも、両者は別に扱われました
2024年10月19日、大河ドラマ『光る君へ』とのコラボ特番「ヘイアンチョウまったりホリデイ」が放送されています。
紫式部が生きた史実の平安時代と、おじゃる丸のヘイアンチョウ。
この2つがわざわざ出会う企画として成立するということ自体が、両者が同じものではないという前提を示しています。
だとすれば「おじゃる」は考証の失敗ではなく、視聴者が一瞬で「雅な昔の人」と分かる記号として選ばれた言葉ということになります。
実際、狂言や時代劇を通じてその記号は定着しています。
「坂ノ上」は坂上田村麻呂なのか
フルネームは坂ノ上おじゃる丸です。
この「坂ノ上」を、実在の坂上田村麻呂と結びつける説をよく見かけます。
検索した上位ページにも出てきます。
ただし確認できませんでした。
調べた範囲では、次の状況です。
| 調べたもの | 結果 |
|---|---|
| NHKの公式キャラクターページ | 名前の由来の記載なし |
| Wikipedia「おじゃる丸」「おじゃる丸の登場人物一覧」 | 姓の由来の記載なし |
| 検索上位のページ | 言及は2件のみ。うち1件は参照先がリンク切れの伝聞 |
言えるのは、名前の作りが似ているということまでです。
| 坂上田村麻呂 | 坂ノ上おじゃる丸 | |
|---|---|---|
| 姓 | 坂上(さかのうえ) | 坂ノ上(さかノうえ) |
| 名 | 田村麻呂 | おじゃる丸 |
| 名の末尾 | 麻呂 | 丸(麻呂から転じた語) |
| 人物像 | 平安時代の公卿、武官。官位は大納言正三位 | 歩くのを嫌がる5歳の貴族の子 |
姓の読みが同じで、名の末尾が同系統の語。
武官と、歩きたがらない子ども。対比としてはよくできていますが、それが由来だという記述は見つけられませんでした。
ちなみに電ボの名前には、はっきりした由来があります
おじゃる丸に仕える電書ボタル、電ボ三十郎。
この「三十郎」については説明が残っています。
Wikipedia「おじゃる丸の登場人物一覧」
「電ボ」の方が苗字だというのも、あわせて記載されています。
まとめ
| 問い | 答え |
|---|---|
| なぜ「おじゃる丸」なのか | 作中では、生まれた時の泣き声が「おじゃ〜おじゃ〜」だったから(第18シリーズ第34話) |
| 「おじゃる」は平安時代の言葉か | 違う。初出は1563年の室町時代末期 |
| 「おじゃる」は公家言葉か | 辞典が挙げる使い手は大名・武士・僧侶・年配の町人で、公家は挙がっていない |
| 「丸」は平安時代の名前か | 合っている。元の「麻呂」は702年の戸籍に実在 |
| 一人称「マロ」は | 合っている。自称としての用法は主として平安時代以降 |
| 「坂ノ上」は坂上田村麻呂か | 確認できない。名前の作りが似ていることまでしか言えない |
名前は平安、自称も平安、語尾だけ室町。
その継ぎ目が、あのキャラクターの雅さを作っているのだと思います。
よくある質問
おじゃる丸の名前の由来は何ですか?
作中の説明では、生まれた時の泣き声が「おじゃ〜おじゃ〜」だったからです。
第18シリーズ第34話「おおざる丸」(初回放送2015年10月7日)で、両親から本人が聞かされる形で明かされます。
「おじゃる」は平安時代に使われていた言葉ですか?
使われていません。
精選版 日本国語大辞典が挙げる最も古い用例は玉塵抄(1563年)で、室町時代の末期です。平安時代(794〜1185年)が終わってから378年後にあたります。
「おじゃる」はどういう意味ですか?
「来る」「行く」「居る」「ある」の意味の敬語です。
語源は「お出(い)である」の変化したものとされています。もとは尊敬語でしたが、時代が下るにつれて敬意が下がり、丁寧語として使われるようになりました。
おじゃる丸の本名は坂ノ上おじゃる丸ですか?
はい。「坂ノ上」が姓にあたります。
ただしこの姓の由来を説明した公式の記述は見つけられませんでした。坂上田村麻呂に由来するという説は流布していますが、当記事で当たった範囲では確認できていません。
おじゃる丸の父上と母上の名前は何ですか?
正式な名前は不明です。
Wikipediaにも「父母ともに正式な名前は不明で、おじゃる丸からは『父上』『母上』と呼ばれている」と記されています。なお「坂ノ上あじゃり丸」は父ではなくいとこです。
「丸」が付く名前は平安時代に実在したのですか?
「丸」は「まろ(麻呂)」から転じた接尾語で、元の「麻呂」は大宝二年(702年)の戸籍に「稲麻呂」「安麻呂」として現れます。
平安時代が始まる92年前にはすでに使われていた形です。
電ボ三十郎の名前の由来は何ですか?
電ボ一族の中で30番目に生まれたことに由来します。
「電ボ」の方が苗字にあたります。
この記事は、アニメ『おじゃる丸』の描写と、国語辞典に記録された言葉の歴史を突き合わせたものです。
「おじゃる」「丸」「麻呂」「まろ」の語釈・初出・語誌は精選版 日本国語大辞典およびデジタル大辞泉にあたり、引用は原文のまま載せています。話数・放送日・スタッフ名は放送記録にあたって確認しました。
「確認できなかった」と書いた箇所は、当記事で当たった資料の範囲での話です。制作者のインタビューや設定資料まで調べれば別の記述がある可能性があります。断定はしていません。

